コラム・エッセイ
又 霜月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)年賀状が売り出されて、書店には来年の手帳、カレンダーが置かれています。まもなく師走。令和7年も残り少なくなりました。
晩秋の夕暮れは寂しさとともに懐かしさがこみあげます。茜色に染まる西の空を見上げると、なぜか子どもの頃の記憶がよみがえります。遊び疲れて家路を急ぐ子どもたちに夕焼けが「お帰りなさい」と迎えてくれているようでした。暮れかかると金星をはじめ、星が一つ二つと輝いて夜の帳がおりてきました。
「晩ごはんは何だろうか」。思うだけで楽しくなりました。白飯に焼き魚、みそ汁程度の質素な食卓でしたが、戦後の復興を遂げて暮らしが豊かになる実感があるのか、幸せな光景でした。
山くれて紅葉の朱(あけ)をうばひけり
与謝蕪村の一句。日に照らされてあれほど美しかった紅葉も闇に包まれてしまいました。日没が「朱をうばひけり」と。蕪村の感覚は鋭いです。紅葉も見納め。北風が吹き始めて冬支度へ。蕪村にはこんな句もあります。
西吹けば東にたまる落葉かな
紅葉が終わって散り急ぐ木の葉を吹き払う冷たい風。どこにもある光景を切り取ってみせる蕪村の視点。銀杏並木は木の葉が散って黄色い絨毯(じゅうたん)を敷きつめたようです。東京の神宮外苑を歩かなくても周南市役所のある岐山通も銀杏で彩られる素敵な散歩道。晩秋の風物詩です。
15日土曜日の午後。岐山通を北に進んで文化会館へと向かう女性たちの姿がありました。5時開演の藤井フミヤコンサート。62歳の今もエンターテイナーとして活躍する姿が同世代のファンを勇気づけます。すぐ南の美術博物館は「やなせたかし展 人生はよろこばせごっこ」を開催中でにぎわいます。やなせの人生をたどりながら、人を喜ばせることを最大の喜びとしていた彼の多彩な世界に浸ります。翌日の日曜日は徳山で生まれ育ったヴァイオリニスト、内山優子がシューベルトの名曲を文化会館大ホールに響かせました。鷲宮美幸のピアノとともにあの豊かな音色が今も耳底に残ります。
晩秋は人を詩人にします。風に舞う木の葉が人の心を揺さぶります。フランス象徴派の詩人ポール・ヴェルレーヌの「落葉」一節が胸をよぎります。
秋の日の ヸオロンの
ためいきの 身にしみて
‥‥
こゝかしこ さだめなく
とび散らふ 落葉かな。
