2026年10月23日(金)

コラム・エッセイ

(5)島末城跡

補 周南新百景 佐森芳夫(画家)

 鎌倉時代の歴史書である『吾妻鏡』の文治4年(1188)12月12日の条には、島末庄について「彼国大嶋の最中なり、大嶋は平氏謀叛の時、新中納言城を構え、居住旬月に及ぶの間、嶋人皆以て同意す」と記されている。

 ここに書かれている大嶋とは、山口県柳井市の沖合に浮かぶ屋代島(やしろじま)のことであるが、通称の周防大島として知る人の方が多いかもしれない。その周防大島の中央に島末(しまずえ)庄があったとされる。

 当時は、平家が中央で勢力を握っていたことから、島末庄も平家の荘園となっていたようである。そのことから考えると、新中納言と言われた平清盛の四男の平知盛が城を築いたとしても、何の不思議もないと言える。

 ただし、平知盛が城を築いたとされる具体的な場所については確かではない。江戸時代に編纂された『防長地下上申』にも、宇野筑後が城主であった古城山壱ヶ所があったと記されているが、こちらも場所は不明である。

 該当すると思われる場所が多くある中で、現在では、周防大島町西方にある標高143メートルの城山が島末城跡として広く知られている。そのためであろう、島末城跡への登山口には標識や案内板が設置されている。

 城跡の山頂を目指すことにした。東登山口のすぐそばにある駐車場は駐車禁止となっているため、少し離れた場所に車を停めて歩き始める。東登山口までが約8分、登山口から約25分、合計約33分で山頂に到着した。

 狭い山頂には、城が築かれていたことを思わせるような地形が残されていた。山頂からは、我島(わがしま)、浮島(うかしま)、真宮島(しんぐうじま)、遠くの柱島(はしらじま)など大小さまざまな島が見えた。

 そして、眼下には、周防大島町の陸上競技場や総合体育館、道の駅サザンセトとうわが見えている。その眺望は、まさに絶景と言うほかないが、別の意味では周辺の動きを監視できる絶好の場所であったに違いない。

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