コラム・エッセイ
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補 周南新百景 佐森芳夫(画家)
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(10)名剣大明神
源平の合戦は、壇ノ浦の戦いで決着がついたはずである。源氏が勝者となり、平家が敗者となったのは明らかである。ところが、源氏は戦いには勝利したものの、本来の...
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(9)下野水天宮
筑後川は、熊本・大分・福岡・佐賀の4県を流れる九州最大の河川である。筑紫平野を蛇行する川幅の広さと水量の豊かさを目の当たりにすると、常日ごろから狭い川の...
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(8)芍薬
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」、美しい女性の容姿や立ち振る舞いを花にたとえた諺(ことわざ)であるが、最近では、いろいろな意見があることなど...
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(7)大了寺
「小日本」と書いて「こにっぽん」と読む。『豊浦郡郷土誌』に、「豊東・岡枝・楢崎・内日の四ケ村に連亘せる一大平野にして、俗に小日本と称す」と記されているよ...
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(6)古川跨線橋
ようやく古川跨線橋が、山陽本線をまたぐ元の位置に帰ってきた。まだ完成の姿になるまでには時間が必要であるが、それでも長かった空白の期間を埋めるかのように横...
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(5)島末城跡
鎌倉時代の歴史書である『吾妻鏡』の文治4年(1188)12月12日の条には、島末庄について「彼国大嶋の最中なり、大嶋は平氏謀叛の時、新中納言城を構え、居...
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(4)仇桜
桜の花が咲くころになると、決まったように春の嵐がやってくる。そして、みごとに咲き誇った桜の無垢の花びらは、無残にも四方八方に散らされる。そこには、避けた...
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(3)左近桜
ついに左近桜(さこんさくら)を見ることができた。もちろん、あの有名な京都御所の内裏(だいり)にある左近桜(さこんのさくら)ではなく、知る人ぞ知る岩国...
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(2)一夜城
島根県鹿足郡津和野町に「左鐙」という地名がある。左(ひだり)の鐙(あぶみ)と書いて「さぶみ」と読む。鐙とは馬の胴体の両側に吊り下げられている馬具のことで、そこ...
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(1)晴海埠頭
昨年の12月、周防灘フェリーに乗船した。周防灘フェリーは山口県周南市の徳山港と大分県国東市の竹田津港との間を片道2時間で結ぶカーフェリーである。現在、お...
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