2026年06月13日(土)

コラム・エッセイ

(3)左近桜

補 周南新百景 佐森芳夫(画家)

 ついに左近桜(さこんさくら)を見ることができた。もちろん、あの有名な京都御所の内裏(だいり)にある左近桜(さこんのさくら)ではなく、知る人ぞ知る岩国市錦町向畑(むかいばた)の地に咲く左近桜である。

 この左近桜は、「向畑の左近桜」として昭和59年(1984年)に岩国市の天然記念物に指定されている。樹高19・5メートル、根本周囲5.8メートル、枝張り26.5メートルといった立派なもので、品種はエドヒガン(江戸彼岸)である。

 そして、樹齢は700年以上とされている。桜の代表とされるソメイヨシノの寿命は60年から80年程度であるが、エドヒガンは数百年から千年を超えると言われる。それにしても、樹齢700年以上の桜は貴重である。

 さらに、貴重なものは樹齢だけに限らない。樹齢と同じように貴重と言えるのが桜の木に付けられた左近という名前である。その名前には、山間のこの地域がたどってきた長く厳しい歴史が記録されているからである。

 その名前を廣實左近頭(ひろざね・さこんのかみ)という。子孫にあたる広実家の家系図には天智天皇より十六代目と記されている。屋島の戦いで敗れた後、たどり着いた惣田の地を切り開いて住み着いたと言われる。

 40年近く前のことになるが、周南市須金地域の平家伝説を調べていた時に一度向畑を訪れたことがある。その時、地元の人に広実申しの話を聞くことができたが、残念ながら左近桜については聞くことができなかった。

 その後に右近桜があることを知ることになったが、そのままになっていた。今回、平家伝説を調べるうちにどうしても左近桜を見たくなった。そこで、もっとも安全で確実な方法を選び、徒歩で向畑に行くことにした。

 平瀬ダムの足瀬橋からおよそ4キロの道のりをゆっくり進むと、約1時間半で到着した。そして、斜面に咲く満開の左近桜を目の当たりにすると、700年以上にわたるこの地域の歴史とともに感動がこみ上げてきた。

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