2026年06月19日(金)

コラム・エッセイ

(11)千代松神社

補 周南新百景 佐森芳夫(画家)

 JR久留米駅の水天宮口から歩いておよそ10分の場所に、全国にある水天宮の総本宮とされる水天宮がある。案内板によれば、祭神は、天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、安徳天皇 、建礼門院、二位尼である。

 壇ノ浦の戦いの後に、平家の女官であった按察使局伊勢(あぜちのつぼねいせ)が筑後川のほとりに逃れて、水天宮を祀ったのが始まりとされる。その後、各所に移転し、江戸時代になって現在の場所に遷座している。

 ところが、水天宮の創始者とされる按察の局が筑後川のほとりに逃れてきた経過については定かではない。按察の局が平家に仕える女官であったことを考えると、逃れることそのものが容易ではなかったはずである。

 また、『吾妻鏡』には、壇ノ浦の戦いで安徳天皇を抱いて入水したのは、二位尼ではなく按察の局であったと書かれている。さらに、安徳天皇を海底に残したまま、源氏方によって引き上げられ生け捕りにされている。

 そのような中で、可能性として考えられるのは、この地方に伝えられている安徳天皇の潜幸説であろう。壇ノ浦の戦いでは、身代わりを立てることによってこの地に逃れ、人目をしのんでひそかに暮らしたと言われる。 ただし、安徳天皇は、二十五歳で病気のため他界したと伝えられている。没年については二十八歳など諸説ある。その翌年には二位尼も他界し、失意のなか泣き暮らしていた千代は尼御前社を創り冥福を祈り続けた。

 その後、人々から頼まれるまま加持祈禱などを営んでいたところ、霊験あらたかであったことから尼御前と呼ばれるようになったという。当時の祭神は、尼御前大明神、荒五郎大明神、安坊大明神であったとされる。

 そこには、平家一門であることを隠し続けなければ、無事に生きてはいけないといった厳しい現実があったに違いない。水天宮の境内には、数々の苦難を乗り越えた創始者の按察使局が千代松神社として祀られている。

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