コラム・エッセイ
(10)名剣大明神
補 周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
源平の合戦は、壇ノ浦の戦いで決着がついたはずである。源氏が勝者となり、平家が敗者となったのは明らかである。ところが、源氏は戦いには勝利したものの、本来の目的を果たすことができないという失敗を犯す。
その本来の目的とは、安徳天皇の保護と三種の神器(さんしゅのじんぎ)の奪還であった。安徳天皇の保護については、二位の尼に抱かれて海に沈んだと『平家物語』に書かれているように、大失敗に終わっている。
さらに、海に沈んだとされる安徳天皇のその後の行方についても、掌握することができていない。そのことによって、もともと憶測に過ぎなかった身代りによる逃亡説が、全国各地に広がっていったものと考えられる。
また、三種の神器の神璽(じんじ)は、二位の尼が入水する時に脇にはさんでいたとされているが、海面に浮かんでいるところを源氏方によって取り上げることに成功している。船上にあった内侍所も同様であった。
しかし、二位の局が腰にさしていたとされる宝剣は、海の底に沈んだと『平家物語』に書かれている。その後、何度か海底が捜索されることになったが、ついに宝剣を見つけることはできず失敗に終わっている。
本来の目的であった安徳天皇の保護と三種の神器の一つである宝剣の奪還に失敗した源氏は、勝利したことだけで戦いを終わらせることができなかったのであろう。全国のあらゆる場所で平氏を執拗に追い詰めていく。
久留米市荒木町白口にある白鳥神社の境内には、「名剣大明神」が祀られている。これは、隠遁生活を送っていた安徳天皇が、肌身離さず持っていた剣を埋めた上に建てられていた石碑を移したものと伝えられている。
隠遁生活を送っていたのが安徳天皇本人であったのか、持っていた剣が宝剣と関係があったのかなどについては、今となっては確かめようがない。「名剣大明神」の石碑が建てられていた場所も、不明となっている。
