コラム・エッセイ
(16)一ノ谷
補 周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
周南市中須北に一ノ谷(いちのたに)という地名がある。今から37年前のことになるが、その一ノ谷に一度だけ行ったことがある。目的は、時代の流れとともに消滅の危機に直面していた草屋根を探すことであった。
県道三瀬川下松線から市道一ノ谷線に入り細い道を進むと、小さな集落に到着した。かっては、8軒あったという民家も1軒を残すだけになっていたが、その民家の屋根が2年前に前面をふき替えたカヤぶきであった。
壊れていく弱々しいイメージを持つ草屋根が多い中で、全体的に手入れが行き届いた堂々とした姿があった。さらに、真偽は定かではないが、平家伝説に由来する一ノ谷という地名や平家ゆかりの史跡も残されていた。
一ノ谷と言えば、源平合戦の一ノ谷の戦いで「逆落とし」があったことで有名である。実際にその場所に行ったことがないのが、どこか心残りになっていた。そこで、今回、「逆落とし」の場所を巡ることにした。
ロープウェイの鉢伏山上駅から旗振山を通り鉄拐山(てっかいさん)に向かうが、案内図や途中の標識のどこにも「逆落とし」の表記が見当たらない。途中で出会った人に聞いても、知らないの返事ばかりであった。
「逆落とし」の場所が、これだけ地元の人に認知されていないのは予想外のことであった。もしかすると、「鵯越の逆落とし」の場所については、特定されている訳ではなく、諸説あることが原因なのかもしれない。
かと言って、今さらあきらめて引き返すわけにはいかない。山中を探し歩いた結果、ようやく、それらしい場所にたどり着くことができた。どうやら、山道から谷に落ち込む急斜面が「逆落とし」の場所らしかった。
そこには、戦いがあった2月7日(旧暦)とは違い、草木が繁っていたが、馬で駆け降りたことを除けばどこでも見られるような急斜面があった。この風景のどこかに、一ノ谷と共通するものがあるのかもしれない。
