2026年07月15日(水)

コラム・エッセイ

(75)あんず(杏)の花

続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)

 周南市浦山。国道2号線のそばに、満開に咲いたあんずの花がひと際目を引く場所がある。その見上げるほどの巨木の根元には、「妙見」の文字が読み取れる石柱がわずかに顔をのぞかせている。

 以前一度歩いたことのある、かつて妙見社の参道であったと思われる山道を、石柱の横から登り始める。背後からは車の行き交う音が容赦なく聞こえてくるが、周囲はすぐに深い林となる。

 途中、石垣で築かれた棚田の重なりや石畳の道が続く。すでに竹や植林におおわれて見る影もないのが残念であるが、昭和の時代を生きてきた者にとっては懐かしく離れがたい風景でもある。

 深く積もった落葉に足を取られながら急な坂をさらに登ると、約20分程度で樹木の間から桜谷ダムの湖面がのぞく峠に着く。以前はこの辺りに参道入口の標識があったが、今は見られない。

 左側の一直線に続く尾根の坂道を一気に登りきると、祠や石鳥居などがある山頂に着く。ここの石鳥居は、20か所以上に寄進されたものと同じ「和田利右衛門平盛房」の名前が彫られたものである。

 和田利右衛門の名前は、『徳山藩御家頼分限帳』(マツノ書店)に「持弓、高十五石」と記されているものが定説となっているが、寄進者と同一人物であることの確証は得られていない。

 十五石という下級武士の収入を現在の金額に変換することは非常に難しいが、あえて失態を恐れずに試算してみると年収90万円となる。(一石を米約150キロ、米5キロの現在の価格2千円で計算)

 これだけの収入で、鳥居や灯籠、手水鉢などを多くの箇所に寄進することは不可能に違いない。いったい誰が何のためにという疑問が、咲いては散る花のように今でも繰り返えされている。

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