コラム・エッセイ
(70)霜の花
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)今年の節分は、2月2日であった。昔から節分の豆まきの日といえば2月3日に決まっていると固く信じていた者にとっては、まさに青天の霹靂(せいてんのへきれき)であった。
ところが新聞などの報道では、「地球公転のズレ」とその原因があっさりと報じられていた。しかし、2月2日になったのが明治30年(1897年)以来124年ぶりであれば、知らなかったとしても無理はないであろう。
「地球公転のズレ」としては、地球が太陽を一周する時間が365日より5時間48分46秒ほど長いことが知られている。その時差を解消するために、4年に1回「うるう年」がやってくる。
ややこしいのは、4年に1回の計算では合計が約23時間15分となり約45分ほど増やし過ぎになるところである。そのため400年で3回「うるう年」を減らす対策をとっているという。
たとえば400年で3回「うるう年」を減らすためには、100で割れる年を「うるう年」にしないで、400で割れる年を「うるう年」のままとすることが必要である。
ちなみに、二十四節気で春の始まりとされる立春は、太陽の黄経が 315度になった日であり、その日付は国立天文台が計算して前年に公表するという。また、節分は立春の前日となる。
このような複雑さが影響したのか、最近では和風月名や二十四節気、六曜などが表示された暦(こよみ)よりも、曜日だけではなく月名までもが英語表示されたカレンダーの方が多く見られるようになった。
旧来の暦が減少することで、古い伝統までもが薄れていくような気がして心配である。今回の節分の日が起爆剤となって、再び暦に関心が集まることに期待したい。次の起爆が楽しみである。
