コラム・エッセイ
(44)黒猫
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)突然、猫と目が合った。いや、突然というよりも偶然と言うべきかもしれない。しかし、猫にとっては、突然であろうが偶然であろうが、そんなことには関係なく、ひどく迷惑なことであったのだろうか。
その目は、2階の部屋をわざわざ覗くつもりであったはずではなく、ましてや忍び込もうとしていたわけでもなく、いつものように坂道の途中に座り込んで、くつろいでいただけだとでも言いたげであった。
猫にしてみれば、たまたま、目が合っただけで、それをまるで泥棒猫を見つけたように思われては、たまったものではない。この際、これまでの悪行の数々は別にして、人間にはぜひ言っておきたいことがある。
まず最初に、猫は人間に対して、それほど興味を持っていないことを知っておいてほしい。餌を与えてくれる飼い主であれば仕方ないにしても、おいしいものを何一つくれない他人であれば、なおさらである。
そして、出会ったときに、「ニャーオン」などと親しげに声をかけるのはやめてほしい。そんな安っぽい言葉で今どきの猫がなつくはずがないことを、冷たくあしらわれる態度から賢くさとるべきであろう。
喜怒哀楽の表情が顔にでないことをいいことにして、「そのツンデレがたまらない」などと分かりきったような決めつけをしないでほしい。そんな人間に限って、猫の気持ちを理解しようとしないことが多い。
時々見かけるだけの猫を、勝手に顔なじみの猫だと決めつけて、年齢や性別、飼い主やねぐら、果てはつがいの相手まであれこれ詮索しないでほしい。猫には猫だけの世界があり、猫には猫だけの事情がある。
そう言ったかどうかは分からないが、黒猫は目を離したすきにどこかに去っていった。その行先について気になるが、黒猫が望んでいるのであれば詮索しないようにしよう。黒猫には、黒猫らしく生きてほしい。
