コラム・エッセイ
(52) 猫
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)狭い路地で、一匹の猫に出会った。突然出会ったにもかかわらず、猫は鳴きながら近寄ってきた。おそらく、餌がもらえると勘違いしたのであろうが、あいにく、餌と言えるものは何も持っていなかった。
よほど腹が減っているのであろうか、かなり大きな声で鳴き続けている。一見するとまだ幼いようであるが、特にやせ細っているようには見えない。野良猫ではなく、どこかの家で飼われているのであろう。
見ず知らずの人間に甘えることができるほどの人なつっこさからも、相当可愛がられていることがうかがえる。飼い猫であれば、相手にしない方が良いと考えて、未練を感じながらもその場所を離れることにした。
鳴き声は後方から聞こえ続けていたが、振り返ることなく先を急いだ。坂道を登り、ようやく目的地が見えてきた所で、先ほどの猫が追いついてきた。何か伝えたいことがあるのだろうか、また激しく鳴いている。
目的地でも、付かず離れずついて来る。そして、しばらく立ち止まっていると、近くに寄ってきた。さらに、驚いたことに横になってくつろぎ始めた。その愛らしい姿に、久しぶりに癒されたような気がした。
撫でることができたかも知れないが、完全に気を許しているわけではないことは、緊張した耳の状態からも明らかであった。しばらくの間、一緒の時間を過ごした後、猫に別れを告げてその場を後にした。
本当は、いつまでも一緒に居たかったが、かなわぬことに違いない。猫もそれで気が済んだのであろうか、後を追ってくることはなかった。少し寂しい気がしたが、この場所でまた会えることに期待しよう。
不思議な事に、その日は、愛猫が旅立ってから、ちょうど一年が過ぎた次の日であった。もしかしたら、愛猫が、生まれ変わったと思えるほどよく似た姿で、天国から会いに来てくれていたのかもしれない。
