コラム・エッセイ
(71) 零れ桜(こぼれざくら)
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)「サクラサク」という言葉がある。漢字で書けば「桜咲く」となるが、あえてカタカナで書かれているのには理由がある。その理由を知っている人は少なくなったに違いないが、知らない人にはぜひ知っていてほしい。
まだ携帯電話が登場する前の連絡手段は、郵便か固定電話であった。しかし、郵便は配達に時間がかかり、固定電話は一定の場所に固定されていることから、電話が近くにないと連絡できないといった制約があった。
これらの欠点を補っていたのが、指定した住所に短時間で配達することができる電報であった。ドラマや映画の一場面で使われていた「チチキトクスグカエレ ハハ」のような緊急連絡としての役割を果たしていた。
そんな緊急連絡としての電報であったが、他の利用方法として大学の合格通知があった。大学に張り出された結果発表を直接見に行くことができない受験生にとっては、まさに救世主となる便利な連絡方法であった。
その文面に使用されたのが、「サクラサク」という言葉であった。早稲田大学の学生サークルが発案したものが全国に広まったとも言われているが、その受験生の気持ちに寄り添ったような妙案には感心するほかない。
電報料金を節約するため、文字数をおさえた「サクラサク」が合格の通知であるのに対して、「サクラチル」が不合格の通知であった。同時代を生きながらも、いずれの通知も受け取った経験がないのが残念である。
それでも桜の開花に接すると、「サクラサク」の晴れやかな気分がこみ上げてくる。携帯電話が普及した現在では、待ち合わせなどを自由に書くことができる伝言板が駅にあったことすら信じることができないだろう。
周南市川崎にある川崎観音堂では、境内の桜の花が満開となっていた。
すでに、音羽の庭では花びらを散らしている桜もあった。その様子は、「サクラチル」と言うよりも「零(こぼ)れ落ちる」と言える風情があった。
