2026年10月23日(金)

コラム・エッセイ

(100)JR美祢線(2)

続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)

 去りがたい気持ちを押し切って、鉄橋が倒壊したJR美祢線の現場を後にした。そして、倒壊現場から約700メートル離れたところにある大沖(おおおき)第2踏切に向かった。この踏切周辺にも、被害の爪痕が残されている。

 その様子は、県道33号下関美祢線を走っている時にも、四郎ケ原バス停あたりから確認することができるが、かなり遠くの風景になる。それでも、注意深く見れば鉄道線路が宙に浮かんだ状態になっているのが分かる。

 実際に、近づいてみると、驚きの光景が迫ってきた。鉄道線路には、列車からの荷重や走行による振動を分散するために、砕石や砂利などのバラストが敷かれているが、その重要なバラストが完全に流れ出している。

 それどころか、バラストが敷かれている道床を支える路盤全体までもが失われている。いったいどの様な状況になっていたのだろうか。河川と農地に挟まれた場所を鉄道が走っていたことから考えると、不思議である。

 大沖第2踏切周辺の線路上に今も多くの流木類が残されていることから、この辺り一帯が水没していたことがうかがえる。それにしても、まさかと思えるほどの増水量である。常識の領域を、はるかに上回っている。

 これだけの惨状を目にすると、鉄道復旧の難しさが理解できたような気がした。それでも、美祢線の利用者ではない者の身勝手な我がままと分かってはいても、美祢線に再び列車が走ることを願わずにはいられない。

 復旧が必ずかなうことを願いながら、かって乗務したことがある美祢線大嶺支線を訪ねてみた。大嶺支線は南大嶺駅から大嶺駅までの一駅間のわずか2・8キロメートルの線路であったが、26年前の平成9年に廃止となっている。

 無煙炭を積み込んでいた大嶺駅は、大嶺郵便局の片隅に「大嶺駅跡」の石碑を残すだけになっていた。繁栄を誇った当時の面影は跡形もなく消えていたが、古き良き時代の思い出が突然雨粒となって降り出してきた。

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