コラム・エッセイ
[周南新百景](76)黒磯(光市虹ヶ浜)
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
海から吹きつける風が強く冷たいこの時季に、光市にある虹ケ浜海岸を訪れる人は非常に少ない。この日も、白砂青松と言われる長い砂浜は人影も無く静かであった。
潮の引いた波打ち際に、一筋の足跡が残されていた。散歩中でもあるかのようなその足跡をたどってみると、夏には海水浴客でにぎわう砂浜を離れ西の方に向かっていた。国道188号に架かる平松橋から流れ出る松虫川の枯れた排水口を過ぎても、さらに続いて行く。
水際を右や左に揺れながら続く足跡が、やがて黒い岩場にたどり着く頃には、目の前に門蔵山がせまり、周辺は海水浴で馴染んできた虹ケ浜とはまるで違った磯の風景に変わっていた。
『防長風土注進案』には、その磯について黒岩瀬と書かれている。浅江村にあるにも関わらず室積浦に記されていることも不可解であるが、それ以上に現在でも干潮時にはおよそ200メートル沖に向かって現れる岩場が江戸時代には今の倍以上の距離があったと記されていることが驚きである。
その原因となったのが、南海大地震による地盤沈下ではないかと言われている。最近では南海トラフ地震を予測する情報が多く報道されるようになった。地震による被害が無い事とともに、黒い磯の連なりが再度沈下しないことを願わずにはいられない。
砂浜から続いた足跡は、引き返した跡もなく消え去っていた。そのまま岩場を進み魚ヶ縁の海岸に抜けて行ったのであろうか、あるいは古墳があった門蔵山に分け入ったのかも知れない。
