コラム・エッセイ
周南新百景(69) 四熊ヶ岳(周南市四熊)
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
登山中に降り続いていた雪は、山頂に到着するころにはすっかり止んでいた。四熊ヶ岳は、周南市の北西にそびえる標高504メートルの山である。その形容は周防富士や富田富士と呼ばれるほど美しい。
四熊ヶ岳については、神上神社の由緒に、神武天皇が東行の途中でこの地に半年間留まった折に、近くの山に登ると四匹の熊が地に伏したのでこの山を「四熊の峯」(四熊嶽)と名付けたと記されている。
その山頂には、四熊嶽神社がある。この神社は明治になって四熊嶽権現が改称されたもので、かつては庄原にある四熊権現の下権現社に対して、山頂にあるこの権現が上権現社と言われていたこともある。
さらに『防長風土注進案』では本宮大権現とされ、現在の社殿に付けられた説明板では四熊嶽大権現奥院宝殿と書かれていることなどからも神社の長い歴史をうかがい知ることができる。
山頂は樹木におおわれて展望がきかないため、近くの展望が開けた場所に移動して眼下に広がる工場夜景を眺めながら夜明けを待った。やがて分厚い雪雲の切れ目から、光線が帯のように降りそそぎはじめる。
そして、色とりどりに輝いていた工場の照明が黄金色に染まって行く。正面に横たわる徳山湾に続いて太華山や富田川までもが光の渦に巻き込まれようとしている。
今まさに時々刻々と変化する風景が、その感動を記憶にとどめることもできないほどの速さで惜しげもなく繰り広げられている。(画家)
