コラム・エッセイ
周南新百景(19) 柿林神社児童遊園地(光市光井)
続々周南新百景 / 再 周南新百景 佐森芳夫(画家)![]()
光市役所前から国道188号の山側を郵便局方面に進むと、すぐに一方がフェンスに囲まれた公園がある。公園には、柿林神社児童遊園地と書かれた標識とともに柿林神社の石碑があり一の鳥居も建っている。
おそらくこの遊園地が柿林神社の参道ともなっているのであろう、奥に二の鳥居があり、道を挟んで神社への階段に続いている。『光市史』に書かれた社伝によると、金山の里の名堂の大岩に影向があり、その後、柿林というところの柿の古木に鎮座し、霊験あらたかであったという。
天延三年(九七五)に里人にお告げがあり、一社を建立したとされている。また、分霊を勧請したとする別の由来とともに、光海軍工廠の守護神として尊崇されたと書かれている。
柿林神社の参道の階段は、それほどでもない高さにも関わらず、いったん東に進んだ後に向きを変えている。その理由は実際に参拝してみるとよくわかるように、社殿が東を向いているからである。
なぜ海の方ではなく東を向いているかについては『未来をえがく 光市の歴史文化』の「一喝停船の神」の中に詳しく書かれているので、今回は割愛したい。
境内には「紀念碑」と彫られた石碑が建っている。これは入会山野下戻の記念として水無瀬島に明治三十六年(一九〇三)に建てられていたものを、同島が海軍工廠に買い上げられたためこの地に移設したものである。
石碑には軍事機密のため「○○用地」と刻まれており、当時の厳しい状況をしのばせる。遊園地では、サザンカ(山茶花)が満開になっていた。(画家)
