コラム・エッセイ
「悪い人」になろう
周南漫歩◎「悪い人になって下さい」と言われたら誰でも首をかしげたくなるだろう。筆者もその一人だった。
◎光市の聖光高通信制課程の入学式でのこと。日本基督教団光教会の村田敏牧師が、聖書朗読に先だって入学生たちにこの言葉を投げかけた。
◎村田牧師は「母が娘に茶を出すと、娘は湯のみを倒して茶をこぼした。悪がる娘に母は“悪いのは湯のみを倒れやすいところに置いた私だ〟と謝る。さらに祖母まで“倒れやすいと気づいていたのに注意しなかった私が悪かった〟と謝った」という話を紹介。つまり悪い人というのは進んで悪がって、非を認める人という意味だ。
◎この話は新型コロナウイルスの感染者への態度に置き換えられないか。感染者を「感染するやつなんてとんでもない」と批判するのは簡単だが、何の解決にもならない。むしろ「感染拡大を止めるために自分にできることはないか」と自問するだけでも「悪い人」に一歩でも二歩でも近づけるのではないか。
◎起きてしまったことは仕方ない。大切なのはこれ以上の感染を防ぎ、精神的に追い詰められる人を生まないことだ。まして不確かな情報や誤った情報に惑わされて人権が侵害されることは絶対にあってはならない。(山上)
