コラム・エッセイ
下松・光 入社25年に
周南漫歩◎8月で新周南新聞社に入社して25年になった。忘れもしない1996年8月、32歳でまるで別世界から報道の世界に飛び込み、右も左もわからないまま記者生活を始めたころが懐かしい。
◎最初の失敗は入社初日、取材先でカメラのシャッターを切ったはずなのにフィルムを現像したら何も写っていなかったことだ。当時の橋詰編集局長から「君はカメラというものはシャッターを押しさえすれば写るとでも思っちょるんか!」と大目玉をくらった。当時の筆者はシャッターを押す以外に撮影にどんな操作が必要なのかが、まるでわからなかったのだ。
◎入社3カ月で下松市政担当になったが、やがて下松市は合併の嵐に揺れる。井川成正市長の誕生で下松市は合併協議から脱退したが、3市2町の合併協議会から席を蹴って退場する井川市長の緊張した面持ちいっぱいの写真は、今でも筆者の宝物だ。
◎記者の仕事は毎日毎日、常に基本に立ち返ることが必要だ。何十年やってもそれは変わらないと思う。健康な限りこの仕事が続けられるように、守備範囲の下松市政と光市政をがっちりつかみ、基本を大切にこの道を歩み続けよう。(山上)
