コラム・エッセイ
蓼食う虫も好き好き
ちょこっと豆知識 立入塾20世紀が終わると騒いでいたころのことですから、20年近く前になります。当時、私は徳山にあった老舗のバーによく出かけていました。重厚なドアを開けると、すぐに目に飛び込んで来る狭くて長いカウンターには、背広姿の先客がいて、無理を言って席を詰めてもらいます。カウンターの中では、きっと自分の親と同世代だろうと思われるマスター夫婦と手伝いの若い女性が忙しそうに客の注文に応えています。
注文が一段落すると、背の高いマスターは客と街の最近の景気や昔話を楽しそうに始めます。それを横で聞いているだけでこの街のすべてがわかったような気分になります。私はいつも友人と2人でその店を訪ねていました。彼とは高校以来の腐れ縁で、若くして家業を継いだ彼は、仕事柄、ずっと上の世代との付き合いが多く、私の知らない店をたくさん知っていました。ここもその中の一つでした。
店での私の注文はウイスキーの水割りでしたが、彼はいつもサイドカーというカクテルを飲んでいました。サイドカーはブランディと柑橘系リキュール(キュラソー)のカクテルです。しかし時々、興が乗って来ると、レインボーを頼みます。マスターは仕方がないと言った顔をしながら「Mさんだから特別だよ。これ面倒なんだから」とレインボーを作り始めます。確かに彼以外の席でレインボーを見たことはありません。
レインボーはその名の通り、7色の層が何とも美しいカクテルです。色と比重の違うお酒を混ざらないようにゆっくりとカクテルグラスに注いでいくマスターは、まさにプロのバーテンダーと言ったところです。本来、ストローを使って各層ごとに飲んでいくらしいのですが、彼はそれを一気に飲み干し「味は大したことない。見た目だけだよ」と満足そうにほほ笑みます。
その店も21世紀の幕開けとともに閉店(マスター夫婦引退)。そして豪快だった彼も一昨年、突然、他界しました。平成も終わろうとしています。一度レインボーを飲んでみたいとずっと思っていますが、いまだにレインボーを出してくれる店には出会えていません。
