コラム・エッセイ
フランツ・フェルディナンド
ちょこっと豆知識 立入塾帰省した大学生が遊びに来てくれました。「これ、今一番のお勧め。先生も好きそうだから」と渡されたのは一枚のCD。「フランツ・フェルディナンド?知らないな。でもありがとう、早速聞いてみるから」と試聴してみることに。1990年代イギリスのロックバンド(オアシスやブラー)と言った感じの軽快で親しみ易い曲が流れてきました。
その中の1曲だけ聞いたことがありました。それは10数年前、かなり流行していたと記憶にありました。CDに付いている解説を読むと、2004年発売となっており、私の記憶は間違っていませんでした。「今どきの大学生にしては古い曲聞くのだね」と尋ねると、「バンドは現役で新曲も出しているけど、このCDが一番のお気に入り」との答えが返って来ました。
数日後、高校生の授業でこの話をしてみると、ある生徒が「フランツ・フェルドナンド?先生も歴史詳しいですね」と。「えっ?」と返すと、「サラエボ事件でしょう」と当たり前のようにその生徒は続けます。
サラエボ事件とは1914年6月、オーストリアの占領統治下にあったボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都サラエボを視察していたオーストリア皇太子夫婦が、ボスニア系セルビア人青年によって暗殺された事件で、第一次世界大戦開戦のきっかけとなりました。この時、暗殺された皇太子がフランツ・フェルディナンドでした。
当時のヨーロッパは列強がひしめき合い、互いをけん制し合って、絶妙のバランスで戦争は回避されていました。しかしこの事件によってこのバランスにほころびが生じ、世界大戦へと突入していきます。皇太子暗殺の報復としてセルビア王国に宣戦布告したオーストリアも、当初は数週間で戦いは終結するだろうと思っていたようです。
暗殺されたフェルディナンドは世界一周旅行の際、日本も訪れています。その時、腕と胸に和風の刺青を彫ってもらったとのことです。(当時のヨーロッパ貴族の流行)軽快なロックの話が一気にきな臭くなりました。
