コラム・エッセイ
もし西郷どんなら♫
随想 猫の目 吉原 雍《西郷どんの征韓論》
一昨夜のNHK「西郷どん」は、朝鮮出兵をめぐり、西郷と大久保が衝突した。
明治初期の日本は法律や制度が未完成で、不平士族も多くて不安定だった。
だが、世界に新政府を披露し、世界から学ぶことも重要なので、明治4年、岩倉、木戸、大久保、伊藤らが欧米視察に出た。
その後の約2年、留守を西郷、板垣、江藤らが預かる。そこに征韓論が出て来た。
大西郷の運命を一転させた朝鮮出兵だが、吉田松陰も「日本周辺の樺太、朝鮮、支那、(台湾?)などは早く支配すべし」と唱えたようだから、征韓論は特異な意見ではなかったのかもしれない。
それよりも西郷の情け深さが僕は気になる。倒幕の戦いに勝ったが職を失った旧武士たちが、西郷に不平不満を訴え、西郷が同情した…。
「鎖国の朝鮮が、万が一、欧米列強に侵略されたら、困るのは日本だ。そうなる前に武力で開国させるべき。西郷どん、先頭に立ってください」
「わかった。だが、出兵は無用。わしが1人で丸腰で行き、開国を説く。そして在留邦人千人を連れて帰る」
明治6年、外遊中の岩倉、大久保が帰国した時、政府は征韓論で内紛中。
欧米の経済力、軍備に度肝を抜かれて帰国した岩倉、大久保らは大反対。
「今はそんな時ではない、国づくりを急ぐ時だ(木戸も同調)」
「在留日本人千人を見捨てる気か」
「やむをえん」
結局、この大久保対西郷の争いは大久保が勝ち、明治6年、西郷、板垣、江藤らは辞職し、故郷に帰った。
《西郷どん後の征韓論》
明治9年、日朝修好条規の締結以来、日本が一方的にじりじりと管理権を拡大した。
しばらく清との共同管理が続いたが、明治28年、日清戦争の戦後処理で、清が朝鮮から手を引いて以降は、日本の支配が強まった。
明治37年、日韓議定書締結(日本が韓国から外交、財政の管理権握る)。
明治38年、ソウルに統監府設置(伊藤博文統監)。
明治43年、日韓併合条約で韓国併合(呼称が朝鮮に。朝鮮総督府設置・日本の専権政治)。
以後、昭和20年、日本の敗戦まで…?
《韓国の徴用工賠償》
話変わって、最近、韓国の最高裁が「日本企業は戦時賠償金を支払え」とする判決を下した。
1965年の日韓間の条約で賠償ずみなのに、また蒸し返すつもりだろうか。
トランプさんの登場以来、何でもありの世の中になったみたいで怖い。
《いま三匹の猫は》
「かすりとさをり」展♫
(ギャラリー三匹の猫)
