コラム・エッセイ
鯨の淀ちゃん♪
随想 猫の目 吉原 雍《1月9日、突然淀川に》
1頭の鯨が現れた。「体重38トン、体長15メートル位?のマッコウクジラ」と大阪市。
すぐに「淀ちゃん」というあだ名がついて「ガンバって〜♫」と大人気。
だが鯨は浅瀬で時々潮を吹くだけで、まったく動かない。
困った関係者も「体にさわれないので病気か元気か不明。打つ手なし、すべて鯨まかせ」と結論。
1月13日。声援むなしく、淀ちゃんは浅瀬に乗り上げたまま死亡。
1月19日。30トン?の重しをつけて、淀ちゃんは紀伊半島沖に沈められた。
「マッコウクジラ雄、年齢4、50歳」 合掌
《ファンからは》
「最後まで大事にされて良かった」「食べれないの?(ダメ)」「子供に知っておいてほしい話」「故郷の海で安らかに眠って」などの声が寄せられた。
テレビ局は「命の尊さ、輝きとはかなさを感じた」などとコメントした。
ある水産学者は「深海生物にとって鯨一頭の死骸は超豊かな食料資源」とコメントした。
僕は「年齢や病気で死期を悟ったライオンは、群れと別れて洞くつで一頭で死ぬ」という伝説を思い出した。
《日本人になじみ深い鯨》
金子みすゞに「鯨法会(くじらほうえ)」という長門の鯨漁の詩がある。
「(略)沖で鯨の子がひとり、その鳴る鐘をききながら、死んだ父さま、母さまを、こいし、こいしと泣いてます。」
有名な「大漁」同様にみすゞの優しさがあふれた情緒的な詩だ。
日本人は昔から鯨漁をして肉を食べてリスペクトもしてきたんだね。
40年前、会社の昼食に鯨の竜田揚げが出て、数千人がワイワイ食べたのを思い出す。
一方欧米人は鯨を食べないが、体全部を油脂、櫛、歯ブラシ用などに徹底的に利用する。
鯨への思いも即物的で、小説「白鯨」に描かれたように冒険心、敵意の激しいものになる。
鯨一つとっても国民性の違いが面白いね。
《南海に戻らない魚》
「萩で沖縄の熱帯魚みたいな魚が釣れる」と10年以上前から釣り好きの友人たちが言っていた。
地球温暖化で海水温が上がり、暑さを避けて魚が北へ北へと上がる。
これが人間の避暑ならいずれまた南へ戻るのだが、魚はもう戻らないで定着するらしい。
そうすると古参の魚と生態系が乱れ、エサも混乱し、新旧どちらも衰えたりするらしい。
今回の淀ちゃんはそれとは違う原因と思うが、サンマ、マグロ、カツオ、ウナギなど、心配だな。
《最後に三匹の猫》
27日から「創作人形・ひな展」開催♫合間には小コンサートも。
(ギャラリー三匹の猫)
