コラム・エッセイ
日米の年の瀬♪
随想 猫の目 吉原 雍《年の瀬や》
年のせいか、時のたつのが早過ぎて、気がつけば十二月もあと数日。
この時季は昔なら映画やテレビで忠臣蔵をやっていた。日本人の心情を凝縮しきったあの作品。
あんな名作をやらないで、最近は芸能人のおしゃべり番組ばかりやってるけど、このままじゃ日本もおしまいだよ。
《両国橋の別れ》
そこでせっかくだから年の瀬にちなんだ忠臣蔵の話を一つ。「両国橋の別れ」。
時は元禄十五年(一七〇二年)十二月十三日の日暮れ。江戸の両国橋の上で有名な俳句の師匠・宝井其角と、弟子の大高源吾がバッタリ出会う。
源吾は赤穂の浪人で、その日も大掃除のすす払い用の竹を売っていた。身なりもわびしく、いかにも寒々しい姿。
憐れんだ其角は「寒いから着なさい」と自分の羽織を与え、別れ際に、源吾が風流心を忘れないでいるか知りたくて「年の瀬や 水の流れと人の身は」と発句(ほっく)を向けた。
すると源吾は即座に「あした待たるる その宝船」と付句(つけく)を返し、足早に立ち去った。
意味がわからないまま別れた其角の耳に、その夜更け、陣太鼓の音が聴こえて来た。
ドン、ドン、ドーン。「あれは山鹿流の陣太鼓だ、ということは赤穂浪士が討ち入ったか!!」
「あした待たるる その宝船」とは吉良邸に討ち入り、吉良の首をあげることだったのか。
夜が明けて泉岳寺に向かう四十七士の中に、りりしい源吾もいて、其角のそばに来て言った。
「其角先生、昨夜の羽織といい、長い間のご厚情、かたじけのうござった。末永くお達者で。さらばでござる」
《トランプさん式の年の瀬迷言》
その一方、大高源吾と違ってアメリカのトランプ大統領の年の瀬の話には、心情も知性もあまり感じられない。
十二月四日のイスラエル首都発言のことだが、中東戦争につながりかねない危険なものだった。
「アメリカはイスラエルの首都はエルサレムとし、大使館もテルアビブから引っ越すように指示した」
「この考えに反対する国には、援助額を削減するつもりだ」
トランプさんは不動産屋さんで政治は素人らしいが、この話はイスラエル寄りか、パレスチナ寄りかを問わず、繊細で難しい。
ユダヤ教とユダヤ人に対するキリスト教徒やイスラム教徒の不信と憎悪の念は昔から強く、中世には十字軍、近世ではヒトラーなどの悲惨な話にもつながった。
年の瀬の軽率発言は迷惑千万だ。
《さて皆様ことしもお世話に》
なりました。どうぞ良いお年を♪
(ギャラリー三匹の猫)
