コラム・エッセイ
経済封鎖のゆくえ
随想 猫の目 吉原 雍《米朝悪口合戦》
米国のトランプ大統領が、九月の国連総会でこんな露骨な演説をした。
「北のロケットマンが自殺行為の任務を進めている。もし軍事行為に踏み切ったら北朝鮮は完全に破壊されるだろう」
数日後、米国は独自の経済制裁を強化し「北の資金源を断つ(経済封鎖)」と明言、世界各国の同調を求めた。
名指しで非難された北の金代表も異例の声明を発表した。
「史上最悪の宣戦布告に対し、史上最高の超強硬対応措置を考慮する」
たぶんICBM発射実験か水爆実験をやって米を威嚇したいのだろう。
ロシア外相は「幼稚園児のケンカみたい」と言ったが、どうなるか。
《経済封鎖は宣戦布告》
米が言う経済封鎖とは世界中が北への輸出を全面停止すること。
資源が少ない北は、必要な食料や燃料、原材料を外国から輸入するしかない。
だから経済封鎖されたら食糧不足になり、もちろんロケットや水爆は作れない。
北にとって経済封鎖は宣戦布告と同じ死活問題なのだ。
《ABCD包囲網》
実は日本は八十年前、アメリカ中心の厳しい経済封鎖に遭い、戦争し敗戦した経験がある。
A(アメリカ)、B(ブリテン、英)、C(チャイナ、中)、D(ダッチ、蘭)四か国の「ABCD包囲網」がそれ。
《いま思えば》
日本は日露戦争のころから拡大主義で大陸進出を模索していた。
当時の米国外交は中立主義で、昭和六年の満州事変のころまで、日米はまあまあの関係だった。
だが昭和八年、ルーズベルト大統領のころから次第に厳しくなり、昭和十二年の盧溝橋事件、日中戦争の時は国際連盟の「中国都市無差別爆撃非難決議」に賛成するなど、日本に距離を置くようになった。
つられてほかの国際連盟加盟国も次第に個別の対日経済制裁を始めた。
昭和十五年、日本が日独伊三国同盟を結ぶと、日米通商航海条約を失効させ、鉄くず、鉄鋼などを禁輸。
昭和十六年、日本が仏領インドシナに進駐すると、七月に在米資産凍結、八月に石油全面禁輸。(中国を除くABD包囲網完成)。
石油の八〇%が米国依存だった日本は行き詰まり、和平の道を模索した。
だが、米の条件は①中国大陸からの日本軍撤退②日独伊三国同盟の破棄など厳しいものだった。
十二月八日、開戦。四年後、無条件降伏。
《封鎖されたら逃げ道はない》
どうやらこれが結論みたい。
《さて三匹の猫》
五日(火)から重厚と円熟の「山本俊昭絵画展」♪
九、十日、「於保夫妻のテノールをあなたに♪」
(ギャラリー三匹の猫)
