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【周南市】80年の節目に平和への思い新たに 戦没者追悼式・合同慰霊祭
地域周南市1945年5月10日の旧徳山市に対する米軍の1回目の徳山大空襲に合わせて10日、周南市文化会館で市主催の「戦没者追悼式」と市連合遺族会(大川勝也会長)主催の「戦没者合同慰霊祭」が執り行われた。
両式典は戦争で犠牲となった人々に追悼の意を捧げ、戦争の悲惨さを後世に伝えて世界の恒久平和を祈ることを目的に毎年開かれている。
平和を願って追悼
追悼式には遺族や国会議員、山口県議会議員、周南市議会議員、市役所幹部、一般市民らが参列。
藤井律子市長が「恒久平和の実現に向け、全力を尽くして参ることを誓います」と追悼の言葉を述べ、村岡嗣政県知事代理の周南健康福祉センターの度山紀子次長、柳居俊学県議会議長代理の友広巌県議、福田健吾市議会議長と続いた。
最後に大川会長が「私は遺族だからこそ、私たちが経験したことを後世に語り継ぐことが大切だと考える。戦争の悲惨さと平和の尊さを語り継ぎ、ふるさとの忠魂碑・慰霊碑を大切に守り続けていく」と表明し、参列者全員が順に献花。亡くなった家族の写真を大切に抱えて花を手向ける姿もあった。
神式で平和と故人想う
追悼式の後、合同慰霊祭は遠石八幡宮による神式で営まれた。
祭文奏上では市連合遺族会の松並秀夫熊毛支部長が正しい歴史を子どもたちに教えることの大切さや誇りを持って世界に伝える使命を述べ、「今まさに日本人が立ち上がり、世界の平和に貢献しなければ。平和は憎しみからは生まれない」と力強く語った。
続いて市社会福祉協議会の佐原昌弘会長、藤井市長が世界に目を向けた追悼の言葉を述べ、平和を願った。
その後、巫女(みこ)によるみたま慰めの舞、玉串拝礼と移り、参列者は玉串を祭壇に向けて捧げ、故人を慰霊した。
80年経っても消えない悲しみ
戦後80年の節目にあたる今年は初めて周南少年少女合唱団による合唱があり、会場ロビーには太平洋戦争当時使われていた防空頭巾、軍隊手帳、出征兵士の見送りで着用したたすき、当時の様子を伝えるパネルなどが展示され、追悼に訪れた市民らは足を止めて見入っていた。
1歳の頃に戦争で父を亡くし、毎年この式に参列している井原和彦さん(86)は「80年以上経っても悲しみは消えないが、私は今こうして頑張って生きているので、生きている限り追悼を続ける。こうして追悼式を開いてくれてありがたい。素晴らしい歌声の合唱には涙が出る」と想いを語った。
