2026年06月02日(火)

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【下松】特攻艇「〇レ」のため?土本兄弟が仮説 笠戸島に対戦末期に掘られた洞窟

  • 今も残る洞窟群(冊子より)

  • 冊子を持つ土本正二さん

 下松市の笠戸島の海岸に残る洞窟群は、陸軍の船舶部隊(暁部隊)によって本土決戦準備のため、80年前の1945年に特攻艇「〇レ(マルレ)艇」を収容するために掘られたのではないか。

 島内の戦争遺跡を調査している笠戸島出身で今も同島に住む土本正二さん(76)と現在は広島市在住の土本誠治さん(78)の兄弟が「戦争遺跡 笠戸島の海岸洞窟の研究」と題して冊子にまとめた。

 研究のきっかけは実家に暁部隊の隊員が残した軍用行李があったこと。中は空だったが、所持していた隊員の氏名などが記されていて、マスコミに取り上げられて所有者もわかった。

 島内には暁部隊や海軍の部隊に関連した遺跡があるが、どこの部隊が何のために造ったかわからない点も多く、4年ほど前から調査を始めた。誠治さんが資料を集め、パソコンで写真や図表などを載せて解説も付けた。正二さんは島内の古老からの聞き取りを伝えるなどした。

 「暁部隊」と呼ばれた陸軍船舶部隊は海外への派兵も含めた兵員や物資の運搬を担い、広島市の宇品に司令部があった。周南市の櫛浜地区にも駐屯していた。

 笠戸島への駐留は伝承として地域で語り継がれていたが、土本さん兄弟の調査の結果、笠戸島への駐留は1945年4月から終戦まで。深浦小学校を接収し、周辺の民家にも寄宿していたことなどが明らかになった。

 深浦湾周辺に残されている洞窟は10カ所。完成が近いものは2~3個、間口は2メートルから5メートル、奥行きは6メートルから19メートル、高さは2メートルから4メートルだった。研究では笠戸島への陣地構築の背景や、部隊の編制、決戦準備と終戦時の様子、最後に本土決戦に備えて「〇レ」を潜ませるための洞窟だったのではという仮説を記した。

 誠治さんと正二さんは「笠戸島にも戦争遺跡があることを市民の皆さんに伝えたい。研究の報告書を市民の目につくところに置いてほしい」と話している。

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