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【下松】ソフトバンクから育成2位指名 公集小、末武中出身の管田さん、プロ野球の道へ
スポーツ下松市下松市の公集小、末武中出身で福井県の敦賀気比高3年の管田彪翔(かんだ・ひゅうが)さん(18)が、10月22日に開かれた今年のプロ野球ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから育成選手ドラフト2位指名を受けた。下松市出身のプロ野球選手として今後の活躍が期待される。
(山上達也)
父の治さんも兵庫・育英高時代に甲子園出場経験
管田選手の父は兵庫県の強豪校の育英高で活躍した管田治さん(47)。治さんは投手だった1997年春の選抜高校野球大会に出場し、ベスト8に進んだ。
治さんはその後、体の故障で野球から離れて周南市の徳山大(現周南公立大)に進学。現在は下松市西市で㈱播州建設工業を経営している。社名の播州は出身地の兵庫県姫路一帯の旧国名の通称にちなむ。
治さんは彪翔さんが公集小3年で旗岡スポ少に入った翌年から同スポ少の監督になった。スポ少内では「お父さん」とは絶対に呼ばせず、他の部員と同様に厳しく指導。一方、家庭内では“普通の親子”だったという。
ひじの手術乗り越え復帰、夏の甲子園へ
公集小卒業後は防府市の高川学園中の野球部で活躍。甲子園の夢を追って3年の2学期から末武中に転校し、念願の敦賀気比高に進学した。
敦賀気比高は甲子園に春夏通算25回出場した名門校。約80人の野球部員は自宅通学の数人を除いて寮生活という。彪翔さんは年末年始以外は帰省せず、「仲間に絶対に負けたくない」の一心で野球一筋の生活に打ち込んできた。
1年時にセンバツに出場したが、2年になる直前にひじの靱帯再建手術を受けた。リハビリ期間を含めて1年半も野球から離れたが、その後に復帰を果たし、3年の夏には甲子園出場に貢献した。
彪翔さん「早く一軍で戦える選手に」
福岡ソフトバンクホークスから育成2位指名を受けた彪翔さんは「指名をいただいたご期待に応えられるように、早く一軍で戦える選手になりたい」と決意を話す。福岡ソフトバンクホークスと今月中に仮契約、12月に本契約の締結や入団の記者会見が予定されている。その後は福岡県内にある選手寮の「若鷹寮」に入寮し、プロ野球選手の道を歩む。
管田選手は左投左打。投手として最速146キロのストレート、スライダー、カーブ、チェンジアップ、スプリットなどの変化球を巧みに操る力が魅力。
同市からのプロ野球選手はこれまでに、下松高から1955年に西鉄ライオンズに入った有吉洋雅さん(90)▽下松工高から1994年にドラフト5位で読売ジャイアンツに入団した高村良嘉さん(55)、95年にドラフト3位で福岡ダイエーホークスに入った土井雅弘さん(54)、2005年の大学生・社会人ドラフト5巡目で広島東洋カープに入団した飯田宏行さん(46)の例がある。
