コラム「一言進言」
周防猿まわしが帰ってくれば
~観光三市連携の成功の要に~
■コンビナートで栄えてきた周南地区は、観光による地域おこしがすこぶる低調な所だった。光市の海岸、下松市笠戸島の夕日、周南市の工場夜景、それなりに素敵だが、全国から集客するにはパワー不足だ。それでも、このたび三市が協議会を作り、観光で連携するのは大きな一歩だ。周南市の島津市長時代、ほぼ予算まで決まり発足予定だったが、市長の交替で話が流れた経緯があるだけに、ようやくという感じだ。
■数か月前、上京した折に「はとバス」に初めて乗った。半日コースで皇居、浅草、東京タワーを巡った。満員のバスに揺られて一人でガイドの話を聞きながらの旅だったが、道すがら新歌舞伎場の説明や桜田門の解説があったりと、そこそこ退屈しない四時間だった。五十を超えるコースを有するはとバスが人気な証を垣間見た。
■さて、周南の半日コースはどう回るだろうか。新幹線を降り立ったところから始めてみよう。徳山動物園を経由して下松市の笠戸島へ。昼時だと笠戸でヒラメの昼食か。光市に回ると、室積の象鼻ケ岬あたりを経由して海商通りで休憩。梅の季節だと冠山総合公園もいいかも。三市を回るコースはそんなところか。代表的なコースと穴場的なコース、何通りか考えると面白い。
■どこがあるか考えていたら、つくづく周防猿まわしの劇場があったらと思ってしまう。光など周防地区で生まれた伝統芸能でもある猿まわしは、随分前にこの地から離れた。光にあったころ、下松の今はないホテルの社長が「ありがたい。あれのお陰で昼に大型バスが止まり、昼食を食べてくれる」と話していたのを思い出す。結局、猿まわしは阿蘇のふもとに引っ越した。ソニーのコマーシャルで一世を風びして全国に注目された時代だった。受け入れ態勢が地域にないのに業を煮やしての移転だった。
■最近、周防猿まわしの創業者、村崎義正さんの息子の太郎さんが、日光猿軍団の施設などを取得、新たに活動を展開しているようだ。ラジオで有名だった小沢昭一さんや民俗学者、宮本常一さんらと出会って復活した猿まわしは、多くのドキュメンタリーやドラマ化もされ、全国に知られるようになった。光市が生んだ貴重な伝統芸、財産を故郷・光に戻すことができないのだろうか。
■村崎太郎さんが光市、故郷に怒りを感じているのは、阿蘇に移り心情を話して、初めて知った。被差別部落の中から生まれた伝統芸能と言うことで、光市の一部の反発があり、小屋の建設がままならなかったというのだ。阿蘇や栃木で活躍している猿まわしに、何ともこの地域の心の寂しさを感じざるを得ない。
■二〇〇四年には市の無形民俗文化財に指定されたが、今こそ、周南地区全体で頭を下げ、故郷に帰って、ここが発祥の地であることを示してほしいものだ。三市観光連携の要になる可能性大だ。
(中島 進)
