2021年11月30日(火)

コラム「一言進言」

地方議員がいない政党に天下は取れない

~連合は全労働者の代表か?~

□衆院選が終わったが、変化もなく「やっぱりそうか」の感覚だけが残った。ある人はネオ55年体制と呼んでいたが、まさにそうだ。1955年以来、与党自民党と野党社会党が定着し、毎回大きな変動もない体制が続いたが、それと同じ状態が起こりそうだ。93年の非自民の細川政権誕生で大きく政治が変わったが、あの時は自民党の中で造反が起こり、かなりの人が自民党を飛び出して新しい政党を結成した。後の民主党政権でも旧自民党の人たちが中核をなしていた。

□結局自民党的な人たちが戦後終始、日本の政治を動かしてきたことになる。こともあろうにあの社会党が自民党に取り込まれ、自・社・さきがけ政権を樹立したときには、日本の政治は終わったと思った。相容れない思想の人たちが権力を握りたいがために一緒になったと思った。案の定、それからの社会党は、あまりにもみじめな形で凋落していった。

連合という組織だけに乗っかった立憲民主党が政権を握ることができるとは到底思えない。労働貴族という言葉を生んだ連合傘下の組合員の中に「思想」があるとは思えない。大企業の中の労働者の権利は、平均年収、企業年金など中小企業で働く労働者のそれとの格差は格段に大きい。リベラルな労働組合がどれだけあるか。発注価格を叩かれ、下請けで苦しんでいる労働者の気持ちをどれだけ理解しているか。派遣労働者にどこまで思いやりを持てているのか。今の連合に下層国民への思いやりがあるとは思えない。

立民の地方議員は皆無に等しい。旧社会党時代は各市に一人や二人、必ず市議がいた。しかも土着の市議だった。地域で尊敬され、地域に根づいた市議たちが活躍していた。旧徳山市・都濃郡の社会党県議は鹿野地区で保革を超えた大きな票田を持っていたし、旧新南陽市には水泳連盟の会長などもしていた社会党市議がいた。

30年以上平均年収が上がらず、韓国に抜かされても文句を言わない日本人の忍耐力は、世界でも珍しいだろう。学生運動などを経験した者にとって、日本中が温和な国になったものだと実感する。個人的な「いじめ」は多く発生するが、社会全体に影響を及ぶ差別やいじめは少なくなった。格差に対しては、どんな受け止め方をしているのか、正直わからない。

かくして万年野党化しそうな立民が政権交代の可能性を高めるのは、肥大化した自民党内のリベラル的な部隊と合流できるかにかかっているのではないか。そして、地方に自前の地方議員を作る地味な作業がないと難しいのではないか。政治は中央だけでは成り立たない。維新がいい例だ。

(中島 

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