2025年12月07日(日)

コラム「一言進言」

合併 あれから20年

〜振り返り次の構想へ向かおう〜

歴史的な出来事も過ぎ去れば、思い出の一角に収まるのか。20年前、ここ周南地域だけでなく、全国で平成の大合併が展開された。全国の地方自治体が国の方針で、大きな地方自治に向かって走っていた。もちろん独立独歩を目指す自治体もかなりあった。

20年経た今日、合併がもたらした功罪を論議するには早いが、区切りとして、いったいどんなことが議論されたのか、どんな思いで賛成、反対が論じられたのか、当時の当事者がどんどん減る中、証言を集めておこうと、近く特集を始める。平成の大合併に対して、政治家たちの中で論じる人がいないのも不思議だが、研究者も少ないようだ。参考文献が圧倒的に少ない。行政の中でも検証する動きはない。

弊紙では毎日3面を使って「日刊新周南で見る20年前の周南」で20年前のその日の記事を振り返っている。今年になって合併に関する動きが連日のように出ている。3市2町の合併構想が、下松市が脱退して、徳山市、新南陽市、鹿野町、熊毛町の2市2町の合併と、光市と大和町の1市1町の合併に向けて動きが急展開する様子がわかる。

熊毛町では特に合併に対する批判も強く、町民の中も賛成、反対で意見が衝突していた様子がわかる。反対する派は下松市に一緒になろうと請願も出していた。あくまで4市3町の大合併を主張する人たちも署名活動をしていた。様々な市民の声があるなか、20年前のこのころから、現在の合併の形に収れんされて行った模様もわかる。

合併後19年間、なぜか下松市だけは人口減少を食い止め、一人勝ちの様相だ。その要因は何だったのか。故井川成正前市長の強烈なリーダーシップがそうさせたのか。周南市は16年間で3人も市長が代わった。なぜこんな現象になったのか。そもそも合併の目的は何だったのか。多くの証言者の声を聞きながら、市民一人一人が判断する以外ない。

地方が疲弊する中、大きな都市圏を構築して、もっと豊かで生き生きした地域を創りたいと夢を持って臨んだ合併構想だったが、リーダーがころころ変わり、目標とする姿をしっかりと構築できなかった周南市は、未だに想像できる未来予想図が描き得てない気がするのは私だけか。

望むらくは3市がもう一度手を携え、人口がこれ以上減らない、若者が伸び伸びと生活でき、元気な高齢者があふれる周南地域の大構想を描こうではないか。小さなエリアモンロー主義は少し休もうではないか。

(中島 

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