コラム「一言進言」
小ホールの思い出二つ
〜使い勝手の良いホールを〜
■40年近く前、我が社の主催で一人芝居「土佐源氏」を当時の徳山市民館小ホールで公演した。現在93歳で現役の坂本長利さんが演じるその舞台は、「怪優」と言われるだけあって、迫力あるすさまじい演技だったのを今でも覚えている。
■「周防猿まわし」を復活させるきっかけになった民俗学者、宮本常一の本「忘れられた日本人」の中の1篇から作られた芝居だった。高知の山村に住む1人の老いた盲目の乞食で元馬喰の話を忠実に書き留めた作品だった。生と性の遍歴を演じ切る坂本長利の演技は、今でも全国各地で上演されているようだ。
■250人で満席になる小ホールは、一人芝居には最高の舞台になった。セリフ一言一言が目の前で語り掛けてくれる臨場感で、観客のみんなも釘付けになった。もう一つ、小ホールのお陰で成功した公演があった。
■ある日一人のお母さんがわが社を訪れた。「息子たちのコンサートをしたいので手伝ってくれ」と言う依頼だった。息子さんは20歳にもならないが筋ジストロフイーで入院していて、仲間でバンドを作って音楽を楽しんでいるが、発表の場がないので何とかならないか、と言う相談だった。即座に「やりましょう」と返事、すぐに実現した。
■小ホールで開かれたコンサートは、知人や色々頼んでほぼ満席になった。筋力が徐々に衰える筋ジストロフイーのことはうっすらと知ってはいたが、舞台に立った彼らは実にうれしそうだった。症状が進んで動きがきつそうな子もいたが、見知らぬ観客の前で披露できる歓びを全身で表す演奏会になった。
■それから1年少したった頃、お母さんが社を訪れた。「その節はお世話になりました。良い思い出をもって息子は逝きました」。残酷な現実にひどく胸が痛んだが、「そうでしたか」としか言いようがなかったのを忘れられない。
■小ホールのお陰で大切な思い出が残った。周南市になってこの欄で使い勝手の良い小ホールの建設を呼びかけたが、木村健一郎前市長は関心を示さなかった。1万4千人以上の署名も集まった小ホール建設の願いがようやく実現する。利用する人次第で、新たな体験が生まれるだろう。使い勝手の良いホールを心から願う。
(中島 進)