コラム「一言進言」
パワハラ、セクハラは誰が判断するのか?
~市役所内の対処の難しさ~
■ 最近、兵庫県の斎藤元彦知事のパワハラ問題が注目されている。県庁マンの内部通報を「うそ八百だ」として降格人事を強行、当人は自殺した。連日テレビのワイドショーや新聞に取り上げられ、最悪の展開になりそうだ。県知事のワンマンぶりが浮き彫りにされている。県知事の県庁内での立ち位置は単に兵庫県だけの問題なのか。
■ 県政における行政マンの異常なまでの知事への忖度ぶりは、以前県庁取材をしていたころの体験から、市町村のそれとは格段の差があることは明らかだ。平井龍知事時代は「平井天皇」と称されるほど、知事への忖度はすさまじかった。我が社が県政批判的なことを書くと、副知事が飛んできて必死で続報を書かないように要請してきた。盆、暮には参事という特別に仕事がない役人が我が社のような小新聞社に対しても中元などを配達していた。
■ 人は誰しもちやほやされる立場になると錯覚してしまうことはある。反論することが許されないようになる。威厳を保つのは必要だが、善悪を判断できる余地を残すのが難しい。今回、公益通報制度を無視して、自分を批判する犯人捜しを優先した。周りにそれを止める側近がいなかったのが不幸の始まりだった。
■ パワハラ、セクハラ、カスハラと今や日本中ハラスメントが充満、ハラスメント対策が大きな課題になっている。私たち高齢者の感じるハラスメントの基準と今の判断基準とはなにがしか違って感じる。中学時代、朝の全校朝礼で態度が悪い生徒は先生から普通に体罰を受けていた。今ではとんでもない大事件だ。
■ それがパワハラかどうか誰がどう判断するのだろうか。公益通報制度が制定されたが、兵庫県の問題で県庁や各市で同じことが起こることが懸念されている。ちなみに周南市や下松市などは、通報窓口が各総務課になっている。担当課に聞いたが「通報を受けたら上司に報告することしかできないだろう」と言う。どう想像しても、市長や副市長、部長クラスのパワハラ、セクハラ通報の真偽を確かめる作業は総務課では無理だ。
■ 人権擁護委員か監査委員か、直接の上下関係のない立場でないとパワハラ問題などに対処できまい。仕事がずさんな部下に叱責するのをひるんでいると市民の、県民のためにならない。しかし、叱られたほうはパワハラだと訴える。なんという時代かと嘆くのは高齢者だけか。今そこそこの会社でも若者は簡単に辞めていく。叱って育てる時代は終わったようだ。
(中島 進)