コラム・エッセイ
No.130 今年亡くなった人2・セブン鈴木敏文氏の《コンビニ革命》は日本の風土を一変させた我が国史上最大の変革者ではないか
独善・独言今年亡くなった人2…セブンイレブン創設者《鈴木敏文氏》について。
㊀日経新聞に「私の履歴書」というコーナーがある。謙虚を旨とする成功者の多くは「周囲に助けられた」とか「運が味方した」を連発して私の学びの対象にならなかった。そのなかで胸に迫ったのはオービック野田順弘会長とゴルファーの岡本綾子プロ。いずれも自分の努力を素直に披瀝し、周囲との軋轢も隠さなかった。ついでながら野田氏にはファンレターも書いた。
㊁セブン鈴木氏の「私の履歴書」は秀逸であった。全編「俺がやった、俺が発想した」の連続である。『トップが決断を迷っても自分が説得した』、『周囲は私の提案を常に理解できなかった』と成功は自分一人の手腕によるということを臆面もなく綴っている。だからこそ《コンビニ革命》の価値がよく理解できたというものである。
私が殊に注目しているのは氏が稲盛和夫、孫正義、柳井正と同様、出自とは無縁、自らの力だけで這い上がった典型的な戦後人であることにある。そして彼らに共通する行動の原点にあるものは《変化への対応こそが経営だ》というスタンスであると認識した。
㊂セブンが創業した65年前に全国に雑貨店、タバコ屋の類の数はどのくらいであっただろうか。100万店舗といえば言い過ぎか。そのなかでこのセブン的な形態を模索した開明的な店主は一人もいなかったのであろうか。大型スーパーの本部勤務で営業経験のない鈴木氏が、小型店舗の未来図を想起できたという奇跡をどう受け止めたら良いのか。
㊃数多くの営業革命、流通革命には本稿では触れないが、成功の裏側にはコンビニに駆逐された多くの店舗が存在する。田舎にいくと先ほどの雑貨店、タバコ屋が往時を偲ばせて朽ち果てて残存している。また、うどん屋、食堂はコンビニのカップラーメンやおにぎりにとって代わられ姿を消している。
コンビニは日本中を征服した。しかしその征服の影には100万店舗の死屍が累々しているのである。コンビニは車、スマホ、核家族化同様、日本の地域生活のあり様を変えてしまった。今日、コンビニがなかったらどんな風景になっていたのか想像することができない。
㊄コンビニの未来はどうなる。西京銀行はATM機能をセブンと他行より踏み込んだ提携を始めている。店舗数が魅力で、自社ATM展開より利便度が高いと踏んだのであろう。A表セブンの全国店舗数は郵便局とほぼ同数であるが、美祢市等過疎地出店の数を考慮すれば利用対象人口は倍以上の差になりはしないか。セブンはこの全国一の店舗網にさらに革命的な付加価値をつけていくであろう。注目度大である。
㊅B表は鈴木氏の語録である。《常識超え思考》を貫いており、また、勝てば官軍感を隠さず自信に満ちている。
氏は2016年から名誉顧問という立場に退いた後は経営に口をはさむことはなかったという。絶対的な統率力をもった経営者が晩節を汚している例(日枝氏や永守氏)を多く聞くなかで、これにも鈴木氏らしい《強い筋目》を感じてしまう。
㊆葬儀では孫正義と柳井正の二人の革命児が弔辞を読んだという。しかし、三人を比較すれば鈴木氏の変革は二人を凌駕する価値があるように思える。
⑴常識超えの変革というが、氏が挑戦した業界には常識という前例が存在しなかった…改善、改良でない純粋な変革を実現した価値、⑵彼が作ったコンビニの存在は日本の風土を変えた…殊に地域の風景を一変させた価値。
私は鈴木氏が壊し、創りあげた価値を、彼が変革者一番と云うことを、亡くなるまで知らなかったのである。

