コラム・エッセイ
継続を力に
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子和田地区の奉納神事三作神楽に富田中の生徒達が参加するという話が本紙で伝えられた。1947年開校の和田中学が73年の歴史を終えて閉校となり、令和3年度から富田中に統合されるということを聞いたとき、ふと思ったのが、三作神楽はどうなるのだろうということだった。
と言っても、この行事に特別な関わりがあったわけではなく、かつて我が家に学んだH君兄弟が和田の住人で、神楽奉納の年には中学生で参加して、笛を吹いたり、舞を舞ったり、役目を分担しながら祭りを行うという話を何度か聞いていて、今では少なくなった地域の伝統を受け継ぐ当事者となっていることに誇りを持って続けていって欲しいと伝えていたからだ。
三作神楽の行われる式年祭は、門外者の私が紹介するのはおこがましいことだが、周南市(旧新南陽市)の和田地区に1300年以上前に始まったと言われ、続けられている神事で、当時住民を苦しめた飢饉・疫病の退散が叶えられたことを感謝して7年目毎に地区を挙げて奉納される祭りで、その中心行事が三作神楽となっている。
この神楽を有名にしている最大のものは、神楽のクライマックスに舞台の天井から下がった白紐を若者が逆さになって登るパフォーマンスで、見る華々しさに比べて演ずる者の大変さは十分に想像できる。
その大役を果たした若き日の記憶は一生誇らしく残ることだろう。もちろん最初に参加した中学時代からいきなり主役を演ずることにはならず、7年後、14年後にその役に巡り合わせ、以後はその技を後輩に伝えながら、行事全体を仕切る役へと移り、こうして伝統が受け継がれてゆくわけだが、そのためには受け継ぐ人がいることが必須の要件となる。
幾ら経験者が満ちあふれ高度の技が保持されていても、それらを受け継ぐ若い世代が途絶えては先は見えている。
その若い世代の存在の象徴である中学校が閉校では、この地域で全国に知られる数少ない行事である三作神楽の行く末もかなり案じられるところだったが、富田中の若者達の参加は光明となった思いがする。
しかし伝統行事は何よりも地元の参加意識によって支えられるもの。たとえ中学校はその名を終えても、地区の若もの達は自分達の地区に千年以上も伝えられてきた行事のあることと、それを護り伝えてきた祖先達に自分がつながっていることを誇りに思って、これからもそれぞれの役割を担い伝統の継承者になって欲しいと願っている。
1度しかない生涯に、誇りを持って語り伝えられる体験を持つことは、誰にでも恵まれていることではないことが、きっといつか分かるから。
(カナダ友好協会代表)
