コラム・エッセイ
負けてよかった?
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子弁護士出身のタレントで、自治体の首長、政党代表者などを歴任し、政界引退宣言後もなお社会的影響力を持ってさまざまな発信を続けているH氏が8月15日の全国戦没者追悼式を前に「あの戦争で負けてよかった」と発言した。
横暴な軍部が日本社会を支配し、批判も抵抗も許されなかった戦前の日本が敗戦によって一変し、自由に主張し、自由に行動できる社会を得たのだから、戦没者や遺族には申し訳ないが、自分は負けてよかったと思っているというのが発言の主旨なのだが、この人、どうかしている。
「軍部によって思想・言論の自由が奪われた抑圧された社会」が、敗戦によって「軍部の力が一掃され、言論と行動の自由が保証された自由な社会」が実現したという彼の論理が正しいのなら、同調することも出来るだろう。しかし彼の論理はあちこち破綻している。
日本が戦争に負け、軍部が解体されたのは事実だが、そのことと戦後の奇跡的な復興、社会環境の変化とに、必然的な因果関係はない。敗戦後、日本がどこの国に占領されるのか、開戦前に予想できなかったはずだ。
北の某大国に占領されていたら、彼が満足するような自由を謳歌(おうか)できる社会が実現していたか、はなはだ疑問だし、奇跡の復興を遂げて経済大国となる喜びを享受できたか、大いに疑わしい。
アメリカによる占領が「良かった」とはとても思えないが、アメリカ型社会の到来が彼にとって「良かった」のだとしても、それは敗戦が良かったのではなく、「運が良かった」に過ぎない。
そしてアメリカによる占領は広島・長崎の原爆投下が大きな要因になっているのだから、彼にとっては「原爆投下が良かった」ということで、米国世論の中に今なお根強くある「戦争終結を早められたのだから、原爆投下は良いことだった」と同列の論理になる。
要するに彼は敗戦と現在の日本社会を一本道でつないで「よかった、よかった」と言っているので、実は多くの道筋が考えられて、たまたま運良くこの道をたどれたに過ぎないことに思いを巡らせることが出来ないのだ。こうした人が「戦争にはいい戦争もある」などと言い始めるのだ。
人の命を奪うことを国家が主導する行為である戦争に、いいものなどない。もしも彼の親兄弟が戦場で命を奪われ、自身は被爆し、今は沖縄に住んで基地被害を受ける生活をしていたとしたら、それでも彼は「負けて良かった」と言うのだろうか。きっと「戦争反対」と言うことだろう。
(カナダ友好協会代表)
