コラム・エッセイ
輝くうどん
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子若者支援の事業に携わって6年あまり、創設の時から事務一切を引き受けてくれていたAさんが退職することになった。期限付きの受託事業のため、安定した職場とは言いがたく、Aさんには感謝しつつも敢えて引き留められず、お別れの時を迎えた。
その日の仕事を終え、我が連れ合いも一緒に、以前に何度か行ったことのあるイタリアンレストランへと向かった。照明を抑えた落ち着いた雰囲気の店内のテーブル席につき、若いオーナーシェフに薦められるままに料理を注文する。調理の進む間に、6年間を振り返っての思い出を思い起こすままに語り合い、縁あって同じ事業に携わり、共に過ごした中でのそれぞれの変化や、まだまだ若いAさんのこれから先の生活設計などに話を進めた。取得したい資格の話や、それを基に手がけてみたい分野の仕事の話など語り合ううちに、出来上がったばかりの料理が次々に運ばれて、テーブルの上が賑やかになってきた。
ひと皿ひと皿に目を移し味わい始めると、話題は自然にひとり暮らしのAさんの食事の話に移っていった。料理の話なら自分の出番とばかりにつれ合いが口を開く。「ひとり暮らしで自炊となると、手間がかからず、早くできて美味しいことが一番。私も数十年様々な料理をしてきたが、一番のおすすめは焼きうどんだな」「フライパンに油をたっぷり引いてうどん玉を置き、砂糖と醤油それに一味唐辛子を振って強火でひたすらかき混ぜ1分半。必ず熱いうちに食べる」「野菜など入れないんですか?」「入れない。うどんだけ」こんな談義のあと「この時使ううどんはね、安いうどんが一番美味しい。腰のある、もちもちの、さあ、これがうどんだというような高いものでは美味しくないんだ」連れ合いの話を聞いたあとAさんがまじめな顔で言った。「高いうどんでなく安いうどんの方がいいんですね。高いうどんの代用でなく、安いうどんが輝く場所があるんですね。私も元気が出る気がします」
自分は純粋に焼きうどんの作り方の話をしていて、人生訓や処世訓を語っているつもりなど全くなかったらしいつれ合いは一瞬驚いた様子だったが、Aさんの言葉を聞いて嬉しそうだった。折角腕をふるった自慢の料理を、簡単焼きうどんの話のついでに味わわれては、シェフのプライドは大いに傷ついたことだろうが、Aさんの前途と、つれ合いの思いがけなく満ち足りたひとときに免じて、笑って受け入れていただきたい。
(カナダ友好協会代表)
