コラム・エッセイ
業務命令?
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子あと数日で師走を迎えることになり、今年も押し詰まった雰囲気がただよう。
朝晩の涼しさが心地よかったのはあっという間に昨日のことになり、外歩きにも陽だまりが恋しくなる時期がそろそろ近づいている。
いつもは寝付きが悪く、夜半目覚めることが多くて、寝不足を嘆くことが多いのだが、珍しく熟睡できた朝のこと、着替えもそこそこに朝の行事を一通り済ませ居間に顔を出すと、テレビの前のソファの定位置にいち早く座を占めていたわが連れ合い、このところの朝のルーチンワークになっている血圧測定の真っ最中。
測定中に話しかけられると息が乱れ血圧値が上がるからと返事をしないことが多いので、そこは合点承知と、測定の終わるのを見計らって声をかけた。
「野菜入れに里芋があったよ。」
ややあって、返ってきた声
「それは、里芋があったという事実の伝達か?」
続けて「それとも、里芋の煮っ転がしを作れという業務命令か?」
もちろん後の方だ。普段は朝は余り食欲がなく、バナナ、ブルーベリー入りヨーグルトで済ませることが多いのだが、その朝は久しぶりの熟睡と快晴で気分爽快。冷蔵庫の里芋を見たら煮っ転がしが食べたくなっていた。
味付けと煮加減にかけてはその腕前を高く評価しているから、同様に気分良さそうに見えたつれ合い殿に腕を振るって欲しくなったのだ。以心伝心の呼吸で腰を上げ、キッチンに向かった本日の主役が調理に取りかかる。先ず水を張ったボウルの中でごろごろとかき回して芋を洗い、蒸し器で蒸して皮をむく。
「こうするとするりと向けて、柔らかくなっているから煮やすいし、味がよく浸みる」
味付けはみりんとしょう油に砂糖が基本で、食材が変わってもこの割合が変わり、時に一味唐辛子が一振り加わるだけ。鍋も決まっているから、ガスの調節も時間の見当も心得ていて、味見も一切なし。
ややあって「出来た」と器に盛られて運ばれてきた里芋の煮っ転がしを一つ、箸に挟んで頂く。「おいしい!」この一言が最大の評価。食べたいと思ったものが食べたい時に、思った通りの味で食べられるというのは、忙しく慌ただしいが自分にとっては平凡な一日の中の、そこだけはほっと一息つける特別な憩いになっている。
といってもいつも一方的に業務命令を発しているのではない。時には立場を変えることもある。傘寿も近い身の健康維持を旗印にこのところ愛用している米粉で作ったパンケーキ。
甘いもの大好きのつれ合い殿への警告を込めて砂糖控えめにして紅茶と並べる。返ってくるのは「おいしい」ではなく「まあまあだナ」。それだけ?「この私がまあまあだと言うのは最高の褒め言葉」なのだそうだ。
では、そう受け取っておこう。「おいしい!」「まあまあだナ」こんなやりとりをこれから何度交わしてゆけるのだろう。
(カナダ友好協会代表)
