コラム・エッセイ
大学で学ぶこと
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子7年目となった震災の日、ある新聞の人生相談欄で女子高校生からの相談を目にした。今年は受験生となる今、向上心、向学心は十分あるが、目的も目標もはっきりしない中で親に大きな負担をかけて進学するよりも、就職して社会の中での自分の存在意義を明確にして生きた方が良いと思うが、自分の考えは間違っているのだろうかというものだった。
こういう若者こそ、大学で学んでほしいと思う。相談欄の回答も「あなたに進学を勧めます」だった。
大学は学問の面白さを教えてくれ、研究のヒントを授け、技術の手ほどきをしてくれる。これらは若い時に身につけておくことが大事。好学のあなたは大学進学を目指すべき、というのがその主旨だった。
自身も社会人となってから大学進学の道を選んだ我がつれ合いも、この相談者の進学に賛成だが、相談欄の回答者とは別の見方であるようだ。
これより少し前、携わっている若者支援事業相談室の利用者であった若者の1人が今春、大学に進学することになり、その報告に訪れた時のこと。たまたま居合わせたつれ合い殿は、その若者と雑談を始め、進学のことを知ると、自身の体験を語り「大学に行く意味はどこにあると思う」と尋ね、答えを待つともなく「それは一般教養だったと思う」と続けた。
「仕事に必要な技術や知識は、高い意識があれば4年間、実社会で経験を積んだ方がはるかに広く深く身につけられる。現に自分自身も、会社生活で同年の学卒者に劣るとは思わなかった。しかし、物ごとをさまざまな見地、視点から幅広く解釈し、判断することに関しては差を感じた。そして自分も大学に行きたいと思うようになり、入学して、それは一般教養の力だと思った」
「専門とは関係ないように思える哲学、法学、経済学、文学、史学、美学、心理学など、学ぶために専念する時間を与えられたこの時期でなければ、そして、単位を取得するために強制されなければ、恐らく関心を示すこともなかっただろう一般教養の分野で、それぞれの専門家の深い知見に触れたことで、その後接するあらゆる分野で考える基礎を持つことが出来た。このことは、その後、学んだ専門的知識・技術の習得以上に、自分にとっては大学生活の成果だったと思う」
と熱く語った。
若者は「大学の意味についてのそんな話は初めて聞きました」と言っていた。
つれ合い殿の意見が大学教育についての一般的な評価かどうかは何とも言えない。しかし、向上心を持ち、向学心のある若者は、若いうちに積極的に大学で学ぶことを私も願う。
そのためなら、大きな負担を負うことも親はいといはしないだろう。
(カナダ友好協会代表)
