コラム・エッセイ
西小学校の樹木園
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子もう来週は4月というころ、目覚めの耳にさわやかなさえずりが聞こえてきた。「ホーホケキョ」という、文字で書かれた通りの見事な澄んだ声に、しばし床の中で聞き入った。どうやら西隣の小学校の樹木園らしい。うっかり窓を開けて驚かせてはならないと、しばらくは室内でその透き通った旋律を楽しませてもらった。
そんな朝が1週間ばかり続いて、心地よい朝の目覚めを満喫することになった。この樹木園とはここに住み始めて以来40数年、ともに過ごしてきた。今はフェンスで仕切られているが、以前は出入り自由で、我が家の兄妹が小学生時代は校門に回ることなく樹木園を突っ切って、通学時間は数分。隣の教室に行くくらいの感覚で家に帰れるから、忘れ物などしょっちゅうだった。
木立の合間にはコンクリート造りのテーブルや腰掛けが配置されていて、昼休みや放課後には子どもたちが自然と親しむ憩いの場所になっている。私たちが越してくる少し前に赴任され、その後長く校長を務められた田辺先生が子どもたちの良き成長を願って設けられたものだと聞いている。
春には満開の桜で小鳥たちを迎え、新緑の季節を過ぎると始まるセミの合唱。アブラゼミ、騒音の域に達するクマゼミの斉唱が終日響く夏。小学1年生だった息子が樹木園で見つけてきた幼虫を夜通し観察し、羽化の様子を夏休みの課題研究にまとめたのも懐かしい思い出だ。
クマゼミの斉唱もピークを過ぎると、あとはツクツクボーシで秋を迎え、晩秋の落葉の季節となる。樹木園は落ち葉の大生産工場で、風の強い日の翌日は落ち葉を詰め込んだ袋を両手に下げてゴミ出しの歩みを進める日が続く。
時には小学校の先生方が落ち葉掃除を手伝いに訪れてくれることもあり、遠慮なく助けてもらいながら、恐らくこの先生方はご存じないだろう田辺校長の思い出話や、樹木園にまつわるさまざまな物語を懐かしく語り「田辺先生が作られ、子どもたちを育ててくれた樹木園の落ち葉だから、迷惑なんて、全然思っていませんよ」と感謝の心とともに伝える。
すっかり葉が落ち、針葉樹の緑だけが残り、時折夜空に風音が走る静寂の冬となり、そしてまた一斉に木の芽吹く春を迎える。
ウグイスの声もセミの声も木々の移ろいも、毎年同じように繰り返されているのだろうが、今年聞いたウグイスの声も、初めて耳にしたように新鮮だった。恐らくあと1、2カ月で始まるセミの合唱も新しい時の到来を告げるように響いてくることだろう。
そしてまた一つ歳を重ねたことを実感させてくれながら我が家を見下ろしている樹木園の木々を、在りし日の息子や田辺先生の姿と重ねながら、しばし仰ぎ見ていた。
(カナダ友好協会代表)
