2026年06月15日(月)

コラム・エッセイ

行動材料

新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子

 「判断力はある」「が、判断材料がない」というせりふが流れるコマーシャルがある。何のコマーシャルだったのか覚えてなくて広告主には申し訳ないが、聞くたびに、実によく出来た組み合わせだと感心する。

 判断すべきと思われるときに判断しないでいると、判断能力を疑われ、あるいは自分には判断能力がないと思い込んで判断する場から遠ざかってしまう。我が身を振り返って思い当たる場面が幾つも浮かんでくる。

 だが、そうではなかった。判断力が欠けていたのではない。判断するための条件、判断するために必要な情報が不足していたということだ。そう思うと実に明快に納得でき、このところ頭の中を往き来していた思いが整理されて来た気がした。

 少子化が深刻な社会問題と認識され、その対策が大きな政治課題となる中で、無業若者の就労を軸とする社会参加の促進は、個人問題解決への支援の意味を超えて、社会的意義の深いものになっている。

 無業若者の多くは社交不安症(症といっても病気というわけではない)にさいなまれている。周囲の人たちとの人間関係の形成に様々な原因で不安を感じ、積極的に行動できないでいる。不安を感じながら自分の世界に閉じこもっている状態は心地よいはずがなく、こんな自分の状態を変えたい、こんな状態から抜け出したいと思っても、自分の周囲が自分の望む状態に一斉に変わることは起こらない。

 近くにいる人が自分のためを思って変わり、変えてくれても、全体が同様に変わるわけではないから、実現は難しい。状態の変化は行動に伴って起こる。自分のいる状態を変化させるためには自分が行動するしかない。行動の基本は体を動かすこと。必ずしも跳んだり跳ねたりする事ではなく、言葉を発することでもいい。

 しかし、何のために行動するのか?目的もなく目標もなく体を動かして何になるのか?こんな思いが行動することから遠ざけているのではないか。行動する体力がないのではない。食事をし、トイレに行くことが出来れば十分だ。でも何をすればよいのか分からない。まさに「行動力はある」「が、行動材料がない」行動材料となる情報がない状態なのだ。

 その材料はこれだとあらかじめ示すことは出来ないが、私の知っている、状態変化を達成した若者達は例外なく自ら行動を起こしていて、それも、なぜこんな行動をという、目的も必然性も理解出来ないような行動の結果が、自分の状態と周囲との関係を一変させて、世界を変えている。行動は自然には起こらない。思いがけないきっかけが始点になっている。始点となるきっかけと、行動の材料となる情報があることが、現在の自分の状態を変えることにつながるのだということを明瞭に整理させてくれたコマーシャルせりふだった。

 行動のきっかけと材料となる情報が得られる場所、こんなところが社交不安に悩む若者の居場所になるのだろうと思う。

(カナダ友好協会代表)

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