コラム・エッセイ
勝負あった!
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子昨年はめでたく傘寿を迎え「今年さんじゅ(三十)のお姉さん」と浮かれてみたが、もうすぐ三十一。一方わがつれ合い殿、同じ年に生まれて生を重ねてきたから当然同い年なのだが、こちらもまだまだ元気で、昔からの抜群の記憶力は今も健在。
職場の会議には書記としてきちんと議事録を作ってくれているし、先日の出来事の顛末もすらすらと再現する。「本当に記憶力が良いね」と感心すると「それはきちんと記録しているから」「とにかく何でも記録しておくこと。そうすれば記憶が甦るだけでなく、物事の流れも見えてくる」と自信たっぷりにのたまう。
だがそんな記録力も挑んだ相手が強すぎて、あえなく返り討ちに遭いすごすご引き下がったという三十の戦いのおそまつな始末記。
九死に一生の患いから生還後、患いの原因と言われた高血圧が気になり、かかりつけの若い医師先生の管理の下で何種類かの薬の服用と血圧測定を続けているわがつれ合い。朝夕の服薬に合わせて前後の血圧測定と記録を欠かさない。測る条件で血圧はどう変わるのか、こと細かに試して測り方を決め、気付きも詳細に記録し、グラフを描いている。
そんな記録を片手にU先生に血圧問答を挑んだ。
「時々思いがけないない値になることがあるんです。そんな時、今飲んでいるこの薬を1錠飲むと平常値になるんです。他の薬では効きません。ほら、この時も、この時も。いつもこうなっています。だから私にはこれが特効薬のようです。」
「いや、この薬にはそんな効果はありませんよ。思い込みによる偽薬効果(プラセボ効果)でしょう。それにそんな飲み方をすると悪影響が出ます。やめておきなさい」
「そうかもしれませんが、こうして効果を確かめたのですから、他人にはダメでも、私には合っているのでは?」
どうです。ちゃんと人体実験して効果を確かめたのですよと得意満面にU先生の顔を見上げたところ
「よくデータをとりましたね。たぶんあなたは理系の人なのでしょう。」先生の言葉は続く「ですが、体のことについては私は専門の医師です。あなたと私とでは必要な知識の量が違います。」
「体のことは血圧だけで決まるものではありません。だから、この記録だけで今後の薬の処方を変える理由にはなりません。勝手に処方を変えるのは危険です。やめておきなさい。」と厳かな宣告。
どんなもんだい。この記録の数々を基にした自分の結論を医師も受け入れずにはおれまいと自信満々に迫ったのに、「あなたと私とでは知識の量が違います」と一蹴され「分かりました。恐れ入りました。お言葉に従います」頭を垂れ、しおらしい態度で腰を上げると「次は××日に来て下さいね。今度は心電図と血液検査もしておきましょう。」と優しく告げたU先生にお礼の言葉を残して退室した後、やれやれと一息つくU先生が目に浮かぶような話だった。
これからもよろしくU先生。
(カナダ友好協会代表)
