コラム・エッセイ
人事と天命
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子新年を迎えてもお正月気分に浸ってはいられない。
能登半島を襲った大地震で日本中がそんな気分になった令和6年の年明け。復興の見通しも立たず、命の危険も感じながら避難生活を続けなければならない多くの被災者が一日も早くふるさとと平穏な日常を取り戻せるようにと願うと共に、混迷を極めて醜態をさらす政治が、国民の安全と安心のために全力を尽くすという本来の務めを自覚して、脇目も振らず役目を果たして欲しいと思う。
同じ時、安閑と正月を過ごせない思いで新年を迎えたのが受験生達。あと100日、あと1カ月と数えながら年を越しやって来た大学入学共通テスト。
これが終わりでなく、これが始まりの、その得点が2次受験出願を決める目安となる、大げさに言えば自分の前途を色付ける最初の一筆ともなる修羅場だから、よほどの準備がなければ悠然とその日を迎えるのは難しい。
そしてその結果得られた数字を満足の笑みで眺められることは数少なく、やり残した、やり忘れたあの箇所が意地悪く出題されたり、覚えていたはずの単語が思い出せず、計算間違い、間違いうっかりミスが重なって、予期した結果とのあまりの違いに愕然とし、これまで積み重ねてきた努力を帳消しにするような不運を嘆くこともおこる。
目的と目標を持った行動は目標達成のための努力を伴って行われるのだが、行動の結果は努力だけでは決まらない思いは誰にも経験があり、行動の結果が目標に達していなくてもそれを努力に見合ったものだと納得できないことは多い。
そんな時「頑張ったのにあんなところでうっかりミスが出て、自分は運が悪かったのだ」と嘆く。
行動の結果を決めるのは努力だけではない、運が決めることもあるのだと。
目標達成は自分の努力だけでは決まらない、運に委ねられるところもある。これは事実で真理なのだろう。「人事を尽くして天命を待つ」という名言は、同じ思いが時代を超えて共有されていることを示している。
でもこの言葉、使い方を間違えると危険。人事と天命のバランスが大事で、人事の尽くし方の不足を天命に繰り入れてはいけない。やり残していたところが出題されたのは運が悪かったのではない。やっていなかったからで、思い出せなかったのはしっかり覚えていなかったから。3年前から分かっていたことを入学時から準備しておけば備えられた人事のうちだ。厳しすぎることはない。あのオオタニさんを見てみよう。
自分の目標達成には何が必要か、そのために今何をしておかなければならないかを考え、神様に任せないでも自分の努力の範囲で目標達成できるように時間を過ごしている。
目標達成のための人事と天命の人事の割合はかなり大きいことを示してくれるお手本が身近にいることを天運と捉えて、受験生をはじめ若者達が自分の将来の目標達成に人事を尽くして欲しいと願う。
(カナダ友好協会代表)
