コラム・エッセイ
2番目の大切は
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子「2番ではダメなんですか?」のせりふで知られた元政権党女性議員が、ここは私が1番になると名乗りを上げた東京都知事選。
有象無象の候補者の中で、事実上の女性決戦が始まったが、世間の関心はどちらが1番になるかに集中していて、その後の都政の行方にはさほど重点が置かれていないように感じてしまう。こちらは所詮リング外の観客だから、関心は一層勝ち負けに集中するのだが、耳奥に残る「2番ではダメ?」の言葉を反芻しているうちに、わがつれ合いが生徒達にしばしば問いかけていた「2番目は何だ?」がかぶさって来た。
人にとって一番大切なものは自分の命。命が一番大切。これにはまず異論は出ない。愛が大事、お金が大事という思いもあるだろうが、命よりも大切とは言い切れない。そこでおもむろに問う「では、2番目に大切なものは?」これにはすぐには答えは出ない。何を言えばいいのか、どう言えばいいのか、他の仲間が何というか気になってくる。
思い切って「お金」と言ったり「時間」「家族」が出てくることもある。なぜそんなことを聞くのかと怪訝そうな子ども達の顔をしばらく見つめて彼が用意した答はいつも決まっている「それは自分の名前」これにすぐに納得する顔はまず、ない。名前が大切なことは分かる。
でも、なぜ命の次なのか。なぜ他のものよりそんなに大切なのかと思う気持ちが顔に表れている。「そう言われても、賛成できないんだろうな。」「名前は色々考えられるし、変えようと思えば変えることも出来るのだから、命の次に大事ほどのものとは思えないのだろうな。」と言い、問い直す。
「では、自分に名前がなかったらどうなる?」「自分に名前がなかったら、人と自分をどうやって区別する?自分が人と違うことをどうして人に分からせるのか?」自分はこの名前で呼ばれる人で、他の人とは違う者だと主張できるのは、名前があって初めて出来ること。
飼い犬にも、名前を付けることで他の犬と区別され、心が通い、愛情も湧いてくる。人は名前を持つことで自分を自覚し、人格を得る。人格を持って初めて生きる価値を感じられるのだ。だから、名前は命の次に大切にするものだというのが彼の思いのようだ。
「だから子どもの名前は真剣に考えてつけなければならない。子どもが命を授かってこの世に生まれてくる。男か女か、どんな体で、どんな性格で、どんな才能を持っているか、親には決められない。こんな自分になぜ産んだと言われても責任は取れない。だが、名前は親がつける。100%親の責任だから、なぜこの名前にしたのか、親に問えるし、親は説明する義務がある。あんた達も親になったときには、自分の責任をよく考えて名前を付けなさい」。ここまで聞くと、子ども達は分かったように頷く。
ナンプレ、カラオケ大好きのわがつれ合い、たまにはいいことも言うのだと、少し感心することもある。
(カナダ友好協会代表)
