コラム・エッセイ
地方創生/個人力
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子進む一方の少子高齢化に合わせて、増える一方のシャッター街。若者達が飛び立ち戻らず、ふるさとの町が寂れていく一方なのに、一人東京だけは細りゆく日本国の人と金の流れを集めて繁栄を謳歌する。
国力低下を誰もが実感する中での一極集中状態。これではいけない何とかしなければと、官民挙げて集中回避、地方活性化を叫び、担当大臣まで定めて地方創生をテーマに取組んでいるが、「進んでいるね」という評価を下せる例は余り見えない。
レンズの倍率を上げて見れば色々な例は見えるのだろうが、ほとんどのふるさとは人口減少一色に染まっていて、かつて、熱気に浮かされたように進められた平成の大合併のさんさんたる有様を見れば、誰にも理解出来るだろう。
一極集中がなぜ起こるのか?これには恐らく二つの構造が想定されている。一つは東京には人と金を吸い付ける強力な磁石があるのだというもの、もう一つは東京につながる人と金の流路が他の町に比べて、幅広く深いのだというもの。
万博を開こう、オリンピック招致だ、というのはおらが町にも磁石をということだろうし、副首都構想、本社の地方移転、省庁分散、企業誘致などは我が町への流路を広く深くしようというものだろう。そのための試みや法整備も進められているのだろうが、少子高齢化が進む中で東京の磁石と東京に向かう流路だけが相変わらず元気に働いている状態に変化は見られない。
何事も思ったことが実現するには時間がかかることは個人でも社会でも同じで、磁石の設置、流路の整備が効果を発揮するのは、これからということかもしれないが、設置と整備だけでは効果の発揮は約束されないと思わせることを目にした。
昨年末からわがつれ合いが活動再開したうたごえの会。十数年続いていたがコロナ禍で中止されていて、地域活動リーダーHさんの呼びかけで昨年復活となった。
椅子並べ、ピアノ移動、受付け、湯茶接待も会員の高齢者達がHさんの指揮の下テキパキと進め、以前とほぼ同じ参加者の笑顔で椅子席が埋まった。場所もあり、歌いたい人もおり、手助けする人もいる。だが、Hさんの呼びかけがなければ、このうたごえ会の再開はなかったし、つれ合い殿の参加もなかっただろう。
思いがあり、道具立ては揃っても、それを結びつけて動かそうとする人がいなければ、物事は動き始めないし、続かないということは、身の回りの、社会の様々な場面で目に出来る。
地方活性化、一極集中防止のために社会の仕組みを整えることは必要なことだ。だが、それが動き始め動き続けるためには、仕組みの意味を知って動かすために動く人が要る。
仕組みを作りお金を用意することは必要条件だが、それを動かし、人の流れに結びつけ続けるために動ける人を得なければ十分条件とは言えない。全国のHさんがそれぞれの場所で元気に動き続けることを期待している。
(カナダ友好協会代表)
