コラム・エッセイ
縁の下から天上へ
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子2カ月に一回、偶数月毎に開かれるうたごえ会に毎回参加しているわがつれ合い。年も年だし、大勢の前で歌うなど迷惑ではないかと言いながら、当日が近づくと背筋の伸びが目立ちだし、当日は他の行動予定は一切入れず参加に備えているから、人前に立つことが実は楽しいのだろうと分かり、行ってらっしゃいと送り出す。
そんなうたごえ会は様々な人の力合わせでなりたっている。主役は参加者。過疎化の流れに逆らえず、日常の人の集まりは多くはないと思われる中で、会場の公民館の広間に集う顔ぶれは、こんな辺鄙(へんぴ)な集落で、こんなにも沢山と思うほど多く、驚く。
一方の主役の主催者は地区の公民館活動のリーダーHさん。ボランティアの活動仲間と計画を立て、会場確保、スタッフ確保、プログラム編成、打合せ、広報、渉外、現場指示、それに司会進行と八面六臂の活動。ボランティア会員は、椅子テーブルを搬送し、ピアノを動かし、花を飾って会場設営、湯茶準備、受付け、後片付けを分担。
それに協力部隊のピアノ伴奏、歌唱リーダー、総合司会が加わって役者が揃って準備完了が近づくのだが、もう一つ大事な役目が残っている。うたごえ会の必須アイテムは、先ずは主役の参加者と司会進行それに伴奏。歌唱リーダーもいた方が良いがこれだけでは始まらない。マイクと歌詞。参加者が歌うだけならマイクは不要だが、歌唱リーダーが入ると必須。歌詞も皆が見えるようにスクリーンに投影。マイクの配置、音量調節、歌詞原稿作成とプロジェクター操作。誰かがしなくてはいけない。それを一手に引き受けていたのがTさん。
歌詞原稿を作り、例会毎に重い機材を詰めたバッグを抱えて現れ、配線を延ばしてマイクの設置、音量調整、歌詞送りを黙々とこなされていた。会の進行中、参加者の視界に入ることもなく、声を発することもない。力を合わせ声を掛け合う会場設営とも違い、終始語らず姿も目立たない一人作業の陰の主役、まさに縁の下の力持ち。そのTさんが前回の会を休まれた。
体調を崩して入院されたのだが、自分がいなくても会が進められるよう、入院先から機器操作の代役を手配し、歌詞準備もされていたので、会は無事終えた。その後退院され日常活動に復帰されたと聞いていたので、2カ月ぶりに会えると声かけしようとしたら、退院後再び体調悪化し、亡くなられたとの知らせ。
想像外の出来事に力を落とし、穏やかなTさんの声を懐かしみ、悔やむつれ合い殿。自分をわきまえ分を守るように決して前に出ようとせず、穏やかに役目を果たしてこられたTさんの姿が、場面毎に思い出されるという。縁の下の力持ちという言葉がそのまま当てはまるTさん。
明日は文化の日。天上に昇ったTさんが、あちらでは長年続けたハワイアンバンドのギタリストとして表舞台の主役を張っているといいなと、わがつれ合いは偲ぶ。合掌。
(カナダ友好協会代表)
