コラム・エッセイ
第3回 スペイン・インフルエンザに対する当時の認識
大正期 スペイン・インフルエンザと山口県の人々 小林啓祐前回の本欄では、山口中学校(現県立山口高校)に多くのスペイン・インフルエンザ罹患者が出たことを紹介しました。今回は、前回も取り上げた『防長新聞』大正7年10月23日の記事から、当時の山口中学校の校医による、「流行性(いんふる)感冒(えんざ)」を紹介します。
まず、どのようにして起こるかについては、「觸接及び空気によって来るもの」(觸は触で、触接は触れることです)としています。続けてどのように伝染していくのかについては「患者の咳嗽噴嚏等の為に飛散する唾液の泡沫とか患者の使用した器具等からして伝染するものである」としています。
「咳嗽噴嚏」とは、「がいそうふんてい」と読み、咳やくしゃみのことです。その他、現在でもインフルエンザへの対処法として挙げられるような基本的な方法が書き連ねられます。いかがでしょうか、意外だと思った方もいらっしゃるのではないでしょうか。100年前とはいえ、およそインフルエンザの伝播方法について知識があったことがわかります。
ただし、その症状については、気管支カタルや肺炎を引き起こすことがあっても、「生命の危険といふことは殆んど無いといつてよい」(ただし、十分に注意はせよと付け加えています)としていることから、強い警鐘を鳴らすまでにはいたっていないことがわかります。
それは当然と言えば当然で、この時はまだ山口県内では死者が出ていなかったのです。伝染力は強いという認識はあるものの、あくまでこの時点では通常のインフルエンザという認識でした。今を生きる私たちは、この後に起こったことを知っていますが、当時の人は知るよしもありません。
これは今も同じです。2021年現在の私たちの生活ぶりは、100年後の人たちにどのように評されるのでしょうか。
1918年10月23日『防長新聞』=県立中央図書館所蔵
