コラム・エッセイ
第9回 イベントへの影響
大正期 スペイン・インフルエンザと山口県の人々 小林啓祐前回はスペイン・インフルエンザでひっ迫する医療状況を見ました。今回みるのは、スペイン・インフルエンザが社会に与えた影響の一側面です。2020年、日本において多くのイベントが中止や延期を余儀なくされました。それは、スペイン・インフルエンザの時も同様でした。今回は、そうした例を見ていきたいと思います。
スペイン・インフルエンザが流行していた1918年(大正7)年11月2日、とある学校では運動会が開かれたことが報じられます。当時は、運動会の模様を新聞で報じることも少なくなかったため、通常通り行われたことが報じられたのです。ただし、患者が比較的少ないことから開いた、と注がついており、おそらくその開催は直前まで悩まれたであろうことが推察できます。
翌日の11月3日、防府町(現防府市)の佐波郡立高等女学校(現県立防府高校)では、休校中のために運動会の延期が決定されたことが報じられます。運動会の延期が新聞に掲載されること自体に今を生きる私たちは驚くかもしれませんが、当時としては普通のことでした。
その他にも、4日には室積町(現光市)の町立小学校では100名が罹患したことで、「大運動会」の無期延期が決められます。11日には阿武郡立実科高等女学校(現県立萩高校)でも、スペイン・インフルエンザの流行をうけて、秋季運動会の見合わせが決定されます。
中止されたのは、運動会だけではありません。多くの人が集まるお祭りも中止の判断を迫られていました。11月11日の記事では、防府町の「宮市天満宮大祭」を開催するかどうかについて、悩む関係者の様子が報じられています。記事では、大祭には例年10万人ほどが来ることや、経済効果についてもふれ、中止すべきかどうか相当悩んだことがわかります。しかし、折からのスペイン・インフルエンザの猛威を目の当たりにした関係者は判断を迫られます。結局、大祭は翌月への延期が決められたのです。
1918年11月11日『防長新聞』=県立山口図書館所蔵
