2026年06月06日(土)

コラム・エッセイ

第23回 スペイン・インフルエンザとうわさ(1)

大正期 スペイン・インフルエンザと山口県の人々 小林啓祐

 前回までスペイン・インフルエンザとマスクの関係について紹介してきました。マスクと同様に、今回のコロナ禍で問題となったのが「情報」です。2020(令和2)年の早いころ、色々な情報が出されたことが記憶に新しいと思います。その中にはデマもあり、何が正しい情報なのか判断に困りました。これは100年前も同様だったのです。現在に比べて情報源が限定的だった当時は、とりわけ「うわさ」には悩まされていたようです。それでは、当時はどのように情報を得ていたのでしょうか。

 まずは、当時の情報源を整理していきます。当然ですが、今回も取り扱う新聞は読まれていました。手紙も普通にやりとりされています。しかし、現在のNHKにつながる東京放送局ができるのが1924(大正13)年ですので、まだラジオは一般的ではなかったと言えるでしょう。当然ですが、テレビやインターネットもない時代です。そうなると、人々にとって重要な情報源となっていたのが口伝えでした。今を生きる我々にとっても、友人などからの口伝えの情報は多いと思います。このように当時は、今に比べても情報源は限定的でした。そのなかには噂の域を出ないものも多かったのですが、それらが新聞記事として報道されることもあったのです。

 『防長新聞』に掲載されたスペイン・インフルエンザ関係の噂は、病が広まり始めた1918(大正7)年11月3日に早速掲載されます。佐波郡で多くのインフルエンザ患者が発生したことを受けて、この情報が「迷信」であるという前置きはあったものの、「久松をらぬ」と書いた紙片を戸に貼っていることを報じています。

 これで意味が分かった方いらっしゃるでしょうか。記事では「乙女風と称して一際九州方面」にふいた風が返ってくるのが今回のインフルエンザの原因だ、ということからこのような張り紙をしたと言います。本当に張り紙がされていたのかも疑わしいですが、これは、歌舞伎の演目「新版歌祭文」をうけたものと推測できます。その話の詳細をここで説明することはかないませんが、インフルエンザを恋する女性に見立てたのです(「久松」は男性)。なんとも不思議なうわさと言えるでしょう。もちろんこれはうわさですから、実際に効果があったわけではないでしょう。

 この記事はまだ「迷信」であるという認識はあったのですが、その後猛威を振るい始めるスペイン・インフルエンザによって、情報も錯綜していくことになるのです。

1918年11月3日『防長新聞』=県立山口図書館所蔵

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