コラム・エッセイ
No.9 転んじゃいました
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子コロナ禍で外出を控えている間に、身体が鈍ってしまった。加齢と共に、体力も衰える。同年齢者よりも元気だから大丈夫と、気負ってみるが歳はうそをつかない。晩期高齢者の私、せめて、今の体力を少しでも維持するためにもと散歩しようと決めた。週3回、1時間から1時間30分を目安に歩くことにした。いつも同じコースではなく「さて、今日は右に行くか左にするか」と考える。面白いことにたいていの場合、足は自然と、左に向くのだ。“西方浄土〟へ向くのは何故だろう、と真剣に悩む。
先週の日曜日、今日は東に向かって歩くぞと自分に言い聞かせて家を出た。旧国道を越え、2号線を通り抜けた。
「よし、今日は、昔よく通った体育館への道をたどってみよう」
中学・高校時代、バスケットボール部に入った。私が高校1年の時のバスケット部は、男女共強豪であった。男子は全国大会に、女子は西日本大会に出場した。
したがって、練習量も半端ではなく、帰宅したら疲れで、夕御飯も喉を通らない程であった。学校とは、何をしに行く所か、と本気に考え、尊敬する3年生の男子キャプテンに聞いたことがある。
「学校は、勉強するため、それとも、バスケットをするために行くのですか?」
「決まっているだろ、バスケットをするために行くんだよ」
幼稚な私は、大いに納得して、バスケットにうつつを抜かした。だが、3年生が卒業すると、我々のチームは鳴かず飛ばずの、弱小チームになった。
その頃、市の体育館は、今の動物園の象かキリンのオリあたりにあった。たった1面のコートを、市内の3校の高校バスケット部が交互に使用練習した。
確か、この辺りと記憶を辿りながら、体育館へ続く道を探した。
ありました。ナント見つかったのだ。その頃は細い寂しい道だったが、今は左右に家が立ち並んでいる。私はあっちこっち眺めながら、遠い昔を懐かしんだ。思いがけずみつけた小道を楽しみ、再び2号線国道に出た。文化会館前の交差点だ。信号待ちの時間が長い。ボーと待つよりは、その間に屈伸運動でも、と前かがみをしたら、地に手がつかない。道路が傾斜していて、体位が崩れてつんのめった。
信号待ちしていた左折車からは、私の姿が滑稽に見えたにちがいない。私は痛みをこらえて立ちあがり、失敗を誤魔化すため、横の電柱で屈伸運動をはじめたのである。トホホ。
