コラム・エッセイ
No.4 遊び場は完成したが…
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子念願の“皆の遊び場”が、やっと完成した。廃業した我が小店は、固定のお客様を相手の吹けば飛ぶような婦人服屋であった。固定のお客様と言ったが、友人と言うのが正しい。経営?と言う程でもないが、押して知るべしの店であった。
話が古くて申し訳ないが、嫁して約60年、夫が病死して35年だ。ここまで、何とか持ちこたえたのは、お客様はもちろん、よい問屋に恵まれて、良質の商品を提供出来たからだ、と自負している。お客様の中には、独身時代からのひとも、何人もある。感謝の他、言葉もない。
廃業を決意したのは商品が売れなくなった事もだが、私の老いもある。この先、長生きしたとしても、10年だろう。タイトルに臆面もなく、美人薄命としたのは、私流の考えがあってのことだ。女性としては、98歳が美人の限界だと考えるのだ。
傘寿まで生きて、戦争をはじめ沢山の修羅場を体験した。が、もう限界だ。今の時代に追従出来ない。いや、歳相応に生きて良いのだ、と思うようになった。
そこへ来て、新型コロナ禍もあり決断に迷いはなかった。改装した遊び場に、家の隅で眠っていた椅子やソファを出した。友人は好きな場所に座し、コーヒーを飲んだり、おしゃべりを楽しんでもらえば良い。
もっと言えば、我が家の居間でやっていた、源氏物語を読む会・俳句の会を、生活臭のない明るい部屋でやりたかったのだ。
玄関先に下駄箱を置き、スリッパ等を並べて悦に入っていたら、怖い娘(以前は可愛かったが、いつの間にか主客転倒して、私は従僕になり、何に対してもハイハイと、娘に従っている)が、配置が悪いとか、下駄箱はそこには置くなとか、親切にアドバイスする。言われるままに配置替えすると、ナント、すっきり感が出て、家の隅っこで眠っていた椅子とも思えない…のだ。
遊び場を見に来てくれた友人とコーヒーを飲みながら
「早く集まっておしゃべりしたいね。勉強会もしたいね」
と話すが、コロナ禍でどうすることも出来ない。
先日、空手の三空塾の指導者、空先生をはじめ、そのお弟子さんたちから、遊び場完成祝いに、ボトルツリーという、私の身の丈ほどもある植木を戴いた。配達の花屋さんが、日光に当てないで下さいと言われた。無精者の私にはうれしいことだ。
コロナ禍がおさまり私の長い間の夢だった遊び場で、楽しく集える日が来るのを待っている。
